連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(23)」 ~建築士が不動産コンサルタントとタッグを組んで、最有効使用を提案~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
第23回 建築士Sさん
~建築士が不動産コンサルタントとタッグを組んで、最有効使用を提案~
-依頼者の状況-
一級建築士のSさん。練馬区の地主さんの所有する土地について、地主さんと仲の良い不動産業者からS建築士に相談がありました。その土地に、不動産業者がRCの5階建てマンションと駐車場を提案していましたが、地主さんに却下されていました。S建築士と不動産コンサルタントの当社がタッグを組んで、地主さんへの最有効活用を企画・提案した事例を紹介いたします。
依頼者は…
Sさん 建築士
依頼者の要望は…
練馬区の地主さんの土地の最有効使用を提案したい。建築士だけでは単なる設計の提案になってしまうので、不動産コンサルタントと協力して、相続対策、グランドデザイン、収益性、マーケティングを含めて依頼者の意図を汲む全方位の提案をしたい。
実際の展開は…
1. 不動産コンサルタントとタッグを組む
S建築士は住居系、オフィス系、商業系などあらゆる分野の建築に携わってきた建築のプロです。練馬区の地主さんの土地の活用について、不動産業者さんから相談がありました。その土地は1900㎡で、駅から徒歩20分程度です。以前、不動産業者さんがRCの5階建てマンションと駐車場を提案しましたが、地主さんから却下されています。所有者は68歳の母親で、息子さん(46歳)がいます。
S建築士は、建築の提案だけではなく、地主さんの心をつかむ全方位の企画を提案したいと考え、不動産コンサルタントの当社とプロジェクトを組むことにしました。相続対策、グランドデザイン、収益性、マーケティングを含めてトータルの提案をするためです。
まず、Sさんと一緒に現地調査に行ったところ、RC5階建て賃貸マンションを建てた場合の問題点が浮かびました。
①相続の際、分割がしづらい上に、三方向道路のため相続税評価が高くなっている。
②駅から徒歩20分で、ファミリー向け賃貸マンション立地。だが、RC5階建て賃貸マンションを建てると、建築費が高い上に、杭打ちが必要でコストがかかる。
③周りは商店街と一戸建ての住居が多く、日影の影響など近隣住居への配慮がされていない。
そこで、当社が中心となってプロジェクトを組み、企画・提案をすることにしました。主なプロジェクトメンバーは建築設計事務所のSさん。工事請負の施行会社、賃貸管理会社です。
2.相続対策・建築コストの観点から木造三階建共同住宅(以下木三共)2棟を企画
まず、相続対策の面から考えてみました。地主さんは施主の母親が68歳、その息子さんが46歳です。今後の相続のことを考えた企画が必要です。RC5階建の場合、相続税評価が三方向道路加算になる上、高い方の路線価が適用されてしまいます。そこで、側道の低い路線価も利用し評価を下げるために、土地を利用区分ごとに3つに分割することにしました。(図)相続税評価は利用単位ごとに計算する事を利用した節税対策です。3つに分けた区割りのうち、2区画に木三共をご提案することにしました。
また、地盤が弱いので、RCの場合は支持杭を打つ必要がありました。建築コストがその分あがります。そこで、木造三階建共同住宅をご提案することにしました。木三共の場合は地盤改良で済み、コスト削減ができます。ただし、準耐火構造にする必要があります。技術的基準としては、①避難上有効なバルコニーの設置②廊下、階段等の開放性の確保③廊下、階段等に面する開口部に防火設備④上階への延焼防止措置です。
分かりやすく説明すると、「バルコニーを設置して避難できるようにする」、「廊下、階段をオープンにして煙が出ていくようにする」、「窓に庇を付け延焼を食い止める」、「外壁を16㎜の厚いものにして準耐火構造にする」ということです。
通常、木三共は4mの避難用空地を取らなくてはならず、土地の有効活用にならないのであきらめる事が多いのですが、このように準耐火構造にした上で所定の対応をすれば、RCと変わらずに建てる事ができます。今回は避難通路が1.5mの確保で済み、敷地を最大限活かして建てられました。さらに準耐火仕様にすることで防火性能、遮音性能、断熱性能、全てがアップしており、RCに劣らない性能となりました。外壁は16㎜サイディングで、彫りが深いため、耐火性能を高めている上に、陰影・重厚感が出ました。継ぎ目が少ないタイプを利用した為、メンテナンスの面でも、RCよりもいいかもしれません。
木造の法定耐用年数は22年、鉄筋コンクリートは47年ですが、実質は木造でもメンテナンスによって長持ちさせることができます。しかも、コストが安いです。
当初、木三共の建築確認申請の判断は各役所ではなかなか出来ず、時間がかかることもありました。民営化後は開放性についてなどは現場ごとに判断されることが多く、相談がしやすくなり、スピーディで便利になりました。この様な木三共は、防火地域以外ならどこでも建築でき、建築コストのことを考えると、特に駅から遠く不便な立地に合う企画です。
■2×4の2LDK
この「木三共」はツーバイフォー工法で建てることにしました。
特徴は
・杭打ち不要。頑強な構造体にもかかわらず、自重が軽いので、基礎への負担が少なく、基礎補強費用が大幅に軽減。
・短工期。規格化され予め工場で生産され、現場では組み立て作業が中心となるため、短工期と少人数施工体制で建築が可能。です。
木造で延床面積280坪+140坪と、これほど大型なのは珍しい事例です。
1戸あたり52㎡でコンパクトにも関わらず2LDK取れています。2×4は壁式なので柱梁等がなく、有効面積が広いためです。突出物がなく、すっきりした間取りが可能で、LDKが11.5畳とれています。家賃平均11万円です。切妻屋根を付けて、長持ちさせるようにしたのもポイントです。屋上防水の必要がないので、RCよりメンテナンスが楽です。また、事業撤退時に解体費が安く、撤退コストが少ないこともメリットです。
今回はプロジェクトメンバーの施工会社が直接施工することによって、中間経費がかかりませんでした。元請けにハウスメーカーやゼネコンが入ることによってかかる中間経費が排除でき、約20パーセントに及ぶ経費が削減できました。もちろん、優良な工務店なので品質は充分に確保されています。S建築士が直接設計・管理するので、高度な品質管理も可能となりました。プロジェクトチームが上手く働いて、割安に建てる事が可能になりました。
このように土地の有効活用をする場合、何でもかんでも賃貸マンションが良いのではなく、建築費、賃料を踏まえ、利回りから逆に追って企画を考えていきます。今回の土地はファミリー層向けですが、ファミリー層は子育てにお金がかかり、家賃に対してシビアです。家賃が低いところで抑えられる傾向があります。事業採算性を無視して建てると、先細りになってしまいます。今回は、コスト管理をしっかり行い、利回り14%という満足のいく数字が出ました。もちろん、この中にはプロジェクトメンバー全員の報酬も含まれています。
反省点を挙げるとすれば、配管を回すために水廻りの部分に段差が出来た点です。健常者は問題ありません。車いすの方は対応できない作りになりましたが、やむをえません。
■差別化とリスク対策
さらにこのマンションは“ペット共生型”にし、他のマンションと差別化を図りました。
今回付けた、「ペット共生型賃貸マンション」専用装備は下記の通りです。
・リードフックを各戸用に3か所(共有部分を含めると全体で100か所以上)
・ペットフェンス
来客があっても、ペットが玄関に飛び出さないように配慮
・ペット収納
リードなどの散歩道具やペットハンガー。ペット用具を収納できます
・ウンチコーナー
ペット用のトイレスペースを設けました。24時間稼働の換気扇を設け、ペット特有のにおいを強制換気します
・クロス
クロスは上下貼り分けで汚れや傷がついても腰下のみの張り替えで対応できます
・コンセント
床より1mの高さに取り付け、ペットのイタズラを防ぎます。
・ペット用ドア
居室ドア下部にペット専用の出入り口を設置しました。ドアを閉めたままでも猫や子犬が室内を行き来できます。
・足洗い場
散歩の後、ペットの足を洗えるように設置しました。建物の共有部分を清潔に保てるように配慮しました。外壁にはガラスブロックを用いることで、自然光を取り込みながら外からの視線を遮ります。ペットのグルーミングもゆったりと行えます。
・リードフック付きベンチ
散歩の前のひとときや、ひなたぼっこもペットと一緒に過ごせます。
リスク対策として、賃貸管理会社に一括借上げでお願いしました。第三者への転貸を条件とした一棟まるごと借上げシステムで、空室の有無に関わらず、毎月定額の送金がオーナー様にあります。
契約期間は10年間です。契約期間内においても、協議のうえ2年ごとの賃料改定があります。契約期間満了時、協議のうえ、2年ごとの再契約を可能とします。
■多目的フロア付きオフィス
残ったもう一つの区割りには、マーケティング調査から郊外型オフィスのニーズに応える「多目的フロア付きオフィス」を企画しました。WELL‘S21という1階が多目的フロア、2階がオフィススペースで、前面に荷捌きの駐車場がついています。メーカーの営業所、流通、貿易関係、販売店のターミナル拠点など、多目的に使用できます。こちらから営業に行く業種に向いている事務所形態です。
本来、オフィスは駅の近くに借りようとします。物販の場合は、その他に倉庫を借りて商品を保管し、車移動の為駐車場も借ります。すると、家賃総額は結構な金額になります。そのようなオフィス・倉庫・駐車場が必要な業態の企業のニーズに応えています。便利な上に、家賃総額を押さえています。
低層利用で本件立地の環境にも合います。地元の商店街にちょっとした活気を与えたいという、地主さんの潜在的ニーズにも応えています。
株式会社エリアリンクの企画商品で、利回り15%弱です。アパートと比べると敷地をゆったりと使うので、土地価格を含めた利回りで考えると木三共の方が高い利回りですが、単体で考えるとこちらの方が高くなりました。鉄骨造でオフィス仕様のため、賃貸住宅に比べ平均6割以下の建築費でスタートできます。そして、住居仕様より高い賃料設定が可能なため、高利回りの15%弱を確保しています。こちらの賃貸借契約は株式会社エリアリンクの一括借上げです。
■プレゼン
以上のコンセプトをA3用紙一枚にまとめ、添付資料を69枚つけて、地主さんにプレゼンしました。
「木造三階建共同住宅×2棟 + 郊外型オフィス「ウェルズ」1棟」のご提案
コンセプト 「良質な賃貸建築を、20%安く建て、10%安く貸す」
・良質な 50㎡超の2LDK、準耐火構造、ペット可仕様、駐車場付
・20%安く建て 木造三階建て共同住宅を工務店が直接建設することにより実現
・10%安く貸す 住宅は10万円以下で、事務所は総額20万円以下で貸せる
テーマ
①相続対策 相続対策の王道である分割、納税、節税をトータルに考える
分割 相続人に分けやすくしておく(孫の代まで考え)
納税 売却や物納への対応も可
節税 利用区分別に評価されるので、三方向通路加算を避け、側通の低い路線価で評価。もちろん、貸家建付け地建物評価減も
②マーケティング 低価格化と差別化の両立を図り、「勝ち組の賃貸経営」を実現する
ニーズ
・新築で10万円以下がない
・ペットと暮らしたい
・駐車場を敷地内に欲しい
・南向きで2階以上に住みたい
・1階希望者は庭付き、と高齢者
③差別化 ペット可仕様とウェルズ21(他にない郊外型オフィス)のご提案
構造 木造三階建、準耐火構造
仕様 ペット対応
オフィス 荷捌き駐車場、倉庫、事務所セットで割安 街の賑やかさを演出
外構 緑地スペースを街づくりに活かす。全体の統一感
④リスク対策 満室保証と流動性の確保(いつでも、売却や物納ができる)
保証 どちらも一括借上げ
流動性 売却、物納可能。総額が抑えられるので売りやすくなる
金利負担 利回りが高いので、元金が早く減少
修繕費 オフィスは建物管理費用負担小
準耐火仕様なので、16㎜の高耐久サイディング
勾配屋根付き賃貸住宅
⑤敷地の有効活用
容積率 99%消化
駐車場 道路に面して設置(敷地に無駄なし)
向き 全棟南向き、隣等間隔確保。角部屋を増やす
配置 ボリューム感の演出。窓先空地、主要出入り口、非難通路確保
地主さんへのプレゼンは1回2時間で終わりました。企画が通ったのです。もともとRC5階建てという計画があり、それと比較してさらに上の有効活用を提供出来た点と、相続・マーケティング・差別化・リスク対策・敷地の有効活用まで含めた全方位提案が出来たことが勝因でしょう。また、もともと紹介してくれた不動産業者さんと地主さんとの信頼関係出来ていた事も大きいと思います。
地主さんの母親が施主となります。息子さんが40代で、理論や経済合理性で理解します。それに対し、母親へは完成模型を作ってイメージをわきやすくし、感覚に訴えました。(写真)完成模型は大変喜ばれ、物件完成時までオーナー様の自宅に飾ってあり、お母様は来客者に見せてお話が盛り上がったそうです。
■専門誌への資料提供
確認検査・性能評価・金融公庫審査住宅などを手掛ける民間会社ビューロベリタスジャパンへの資料提供協力として、この物件事例は専門誌にも紹介されました。平成10年の建築基準法改正により、防火地域以外の区域に限り建築基準法施行令で定める技術的基準を満たせば「木造三階建て共同住宅」の建築が可能になりましたが、この当時、全国でも事例があまりなかったので、建築確認をする民間会社も実績を元に説明したかったのです。
「木造三階建て共同住宅」は今回の様な建ぺい率50%,容積率100%の住宅地域、または建ぺい率60%、容積率150~200%の住宅地域、駐車場を少しでも増やしたい地域、準防火地域、角地、二方向道路に有効です。駅から遠く、本来は賃貸マンションでは採算が合わない立地で、かつ売却しないで有効活用したい場合に合う計画です。
依頼者の感想
以下にS建築士の感想を付け加えておきます。タッグを組んだ依頼者の視点が見えてきます。
■不動産コンサルタントと組んで仕事をした理由
お客様へご提案する際、建築士だけの立場だと、建築の提案になってしまいがちです。もっとお客様への最有効使用を提案したいと思って、今回不動産コンサルタントの福田さんとプロジェクトを組むことにしました。全体像が分かる不動産コンサルタントが入ることで、トータルの提案が出来たと思います。
どんなに建築としてデザインや仕様が優れていても、お客様の将来の生活設計に合っていなければ無意味です。不動産コンサルタントとタッグを組むことで、お客様に全方位型のご提案ができ、こちらも企画が通り、三方良しとなりました。
ともすると建築士は作品を作って、自分を表現することに力をいれてしまい、収支を良くすることを妥協と考えてしまう事があります。不動産コンサルタントは、作品と収支をいう矛盾する点をチエを出して考え、構造・工法をまるっきり変える発想の転換をしてくれました。お陰で本当の意味で依頼者の視点で考える企画が生まれたと思います。
■不動産コンサルタントと仕事をして
最初に福田さんと土地を見た時のイメージが一緒だったのでこれは上手く行くなと思いました。更地を見た時、現況調査の時、土地から湧いてくる最有効使用のイメージが同じなのです。
それぞれ違う経験をしていて、同じ仮説が出てくるので、おそらくそれがその土地の最有効使用なのでしょう。ただ、経験と勘は答えにならないので、その仮説の裏付けを検証していく作業に入ります。
ただ、思いつくままの企画を一個一個試行錯誤していたらキリがありません。仮説をたてて最終ゴールが見えているので時間も早いです。この様に最有効使用が瞬時に浮かぶのも、今迄の没も成功例もすべての企画の経験があるからだと感じます。
■企画書
福田さんの作る企画書は後からじわじわきますね。ストーリーが出来ているんです。常に相手目線で作られているのもポイントです。お客様にはパースで出した方がイメージしやすいのでそちらを目立つようにし、企画図面は資料程度にしておきます。資料の並べ方や出す順番にも意味があるという事を知り、勉強になりました。基本は、お客様が夢を描けるように、建物建築後と、その後の生活をイメージできるようにということです。常にお客様の理解力に合わせて提案しているなと感じました。
今回は一回のプレゼンでしたが、依頼者のタイプによってはBプラン・Cプランを作って、比較・検討した上で選んでもらうこともあります。
プロジェクトメンバーもコンサルティングマインドを持った人が集まっていたので、とても仕事がしやすいチームでした。サラリーマン化した人ではなく、本当に個人で力のある人達が手弁当で仕事をしてくれました。そのネットワークを作るのも「不動産コンサルタント」の仕事なんですね。