連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(24)」 ~ソシアルビル取り扱い(売却)の注意点~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
第24回 埼玉県 Iさん
~ソシアルビル取り扱い(売却)の注意点~
-依頼者の状況-
不動産業者のIさん。当社とは以前、共同仲介の仕事をして以来のお付き合いです。長年法人で所持している埼玉県のソシアルビルを売却しようということで、当社にお話がありました。実際の売買の様子を挙げて、ソシアルビル売買の際に気を付けなければならない点を紹介します。
依頼者は…
埼玉県の不動産業者 Iさん。
法人でビルを3棟所有
依頼者の要望は…
長年、法人で所持していた埼玉県のソシアルビルを売却したい。
老朽化、空室、滞納者がいる等の問題があるため、一般の不動産業者ではなく不動産コンサルタントにお願いしたい。
実際の展開は…
1.ソシアルビルとは
もともとお付き合いのあった不動産業者のIさんから、埼玉県内のソシアルビルを売却したいので、良い買主がいたら紹介してくれないかとお話がありました。物件は埼玉県の主要駅より徒歩10分のソシアルビルです。延面積は2000㎡。鉄骨鉄筋コンクリート造で、築40年経っていました。19室中現在4室が空室です。ソシアルビルとはいわゆるスナック、居酒屋などの小ぶりな飲食店舗が集積している雑居ビルを言います。普通のオフィスビルとの大きな違いはテナントの質です。テナントが企業ではなく比較的小さな飲食店のため、滞納リスクが高い、事故のリスクがある、反社会的な人が裏に付いているなどのリスクが考えられ、その分、利回りが高くなります。ハイリスク・ハイリターンの物件です。
また、テナントが退去して新しいテナント見つける際に、一般の不動産業者でなく、地域の情報に詳しい知り合いを通じてテナントを見つける事もあり、閉鎖性が強いと言えます。このような特殊な事情があるため、普通の不動産業者はなかなか取り扱いません。
今回の売却では、分かっている情報は全てオープンにする方針としました。購入検討者は判断の付かない部分があるとリスクとみなし、価格をその分低く提示してくるからです。一見、不利に思える情報もすべて公開することで、信頼した上で取引をしてもらえます。満室想定の賃料収入はもちろん、現況の収入も明らかにし、支出の固定資産税、都市計画税、賃貸管理費、電気料金、上下水道料金、建物管理、建物清掃費も合わせて、「収支一覧」を作成しました。また、購入検討者はテナントの滞納を心配されるので、「賃料月次実績」も作成しました。これはすべてのテナント名と、請求ベースの賃料、入金履歴、入金日明記し、家賃の滞納が分かるようにしました。
物件紹介書の備考欄には
・売主から直接依頼を受けています。いつでも売主とお会いすることができます。
・オーナーの使用していた4階、5階の一部をリースバックしますが、賃料はともに315,000円です。
・3テナントに賃料滞納があります。
・2階に雨漏り、エアコン故障ありですが、修繕後引渡をします。
・Aテナントは「無店舗型性風俗特殊営業営業開始届出書」の許可を受けています。
・現況有姿の売買とします。
・売主の瑕疵担保は2年間とします。
と、記載しておきました。
満室時予想収入は年額6千6百万円です。満室想定時利回りを23.5%とし、そこから収益還元法で価格を2.8億円としました。現況請求ベースで約19%、現況入金ベースで約18%です。利回りが他のオフィスビルや賃貸マンションビルと比べて高いのは、リスクを考慮しているからです。また、最初に高く設定して値引き幅を持つのではなく、最初から査定価格=売却価格として提示しました。駆け引きはしない方がいいと考えたからです。指値のお話はきっぱりとお断りし、こちらはきちんと査定価格を最初から出している姿勢を見せる事にしました。
2.購入者募集と契約
購入者を探す際に、レインズ、アットホームにオープンにしませんでした。情報が広がると物件価値が下がることと、今回ソシアルビルで特殊性があるため、買主はプロに限定して探そう決めたためです。価格はエンドユーザーに売却するより低くなりますが、物件の特殊性を考えるとプロに売却した方が良いと考えたからです。当社の知り合いで、人脈があり、力のありそうな不動産業者数社に個別に声をかけました。すると、その中の仲介業者が買い取り業者を紹介してくれました。買取業者は物件を買い取って、リフォームやテナント付けを行い、商品化のうえ利益を確保して転売します。本物件は、利回りがある上に、空室があるので、この空室を埋めればさらに高い価格で転売できると考えたのでしょう。売主、仲介業者、買主共にプロなので、判断も早く、自己責任で対応してくれます。
まず、買取業者の買主から「買受依頼書」が届きました。老朽したソシアルビルなので、買主さんが条件をつけました。
①売主は、保証金の償却と滞納家賃の債権放棄をすることとする
②空室分の残地物を撤去することとする
③売主は瑕疵担保責任を負うこととする
④境界を明示することとする
⑤修繕履歴を開示することとする。
とありました。
これを受けて、売主から買主への「売り渡し承諾書」には下記を記載しました。
・保証金の償却と滞納家賃の債権を放棄します。(債権を無償譲渡します)
・空室にある残地物は必要に応じ撤去します。
・2階の雨漏りやエアコンの故障等不具合を修理します。
・瑕疵担保責任は2年間とします。
・確定測量を行い、境界を明示します。
・Aテナントの許可証のコピー及び、修繕履歴、設備点検履歴は可能な限り準備します。
・原則、現況有姿で引渡とします。(屋上防水、外壁塗装、設備交換等の大規模修繕は買主の判断で行なってください)
・入居申込書がないので、契約者の印鑑証明と住民票を渡し、契約者と保証人の連絡先を開示します。
その後、上記の「買受依頼書」と「売り渡し承諾書」を踏まえて、「不動産売買契約書」には下記の特約を記して、当初の値段通りの2.8億円での売買契約が成立しました。
1.売主は賃貸借契約書にある保証金等の償却を行わず、預かり保証金等をそのまま買主に承継するものとする
2.売主は滞納者の賃料債権を買主に無償で譲渡するものとする。なお、引渡しまでに別途債権譲渡契約書を作成し、契約を締結するものとする。
3.本契約は現況有姿による契約とする。したがって、屋上防水、外壁塗装、設備交換等の大規模修繕は買主が買主の判断で行なうものとする。なお、2階の雨漏りやエアコンの故障等不具合の修理は売主が引渡しまでに行うものとする。また、売主は空室にある残地物を買主の指示に従い撤去する。
4.売主は買主が希望するテナントの営業許可書の写しや修繕履歴、設備点検履歴や、入居申込書に代わる契約者の印鑑証明書、住民票、契約者と保証人の連絡先等を引渡しまでに渡すものとする。
「買受依頼書」においてあいまいな表現であった部分を、具体的にして記載しました。
3.決済までの確認事項遂行および延期のため覚書書を作成
契約時に買主から提出されていた項目を履行するのに、思ったよりも時間がかかってしまいました。特約条件を満たさなかったので、残代金の支払時期と所有権の移転及び引渡し時期を一ヶ月延期しました。その際に、もめごとが起こらないように覚書書を作成しました。
内容は
①時期を一ヶ月延期すること
②売主、買主が本物件にて立ち会いのもと最終確認を行うこと
③延期に関して損害金の請求はないこととする
と明記しました。
引き渡しまでに売主のIさんと当社が行ったことは
・2階の雨漏りの工事を業者に発注
・2階以外で漏水がないことの確認
・地下漏水の件に関しては、本物件現場で買主・売主が立ち会いをし、双方協議した工事内容を売主が行い、完了を買主が確認する
・屋上の残置物の撤去
・空室の残置物(造作物除く)の撤去
・外壁の落書きを吹き付けにより消去
・テナントが第三者に転貸している件について、転貸者と契約を引き継ぎ、権利関係を明確にした。保証金譲渡や造作譲渡等の件を、後日トラブルにならないように契約を締結し、買主へ契約書を提出
・「債権譲渡契約書」の作成
・土地の確定測量
・テナント申込者と保証人の連絡先一覧表作成
・鍵の一覧表作成
・2階エアコンの修理
・賃料の精算
・管理会社の変更の通知書と確認書作成(決済後送付)
・水道局、東京電力の名義変更
4.引き渡し後の雨漏り
以上の項目をすべて行い、売主・買主双方立ち会いの上、最終確認をしました。地下の漏水の件については、現状で考えられる得策を取って、修理図面を買主に渡しました。引越し後に雨漏りがあった場合には、瑕疵担保ということで対応することにしました。これにより、無事に引渡しが済みました。
築40年経つビルだったので、漏水の問題が売却後に出てきました。買主は専門業者に雨漏り調査を依頼し、当社と売主のIさんがその報告をうけました。
日常の通常の雨では漏水はないのですが、大雨の時に多少雨漏りが発生したらしいのです。雨のたびに何回か調査に行きましたが、その時は雨漏りが確認できませんでした。買主が専門業者に依頼して、調査のために屋上に栓をして、屋上をプール状にし、その栓を一気に抜いたら水漏れをしました。築40年経っているので、本来雨水管の交換するべき時期でした。雨水管の大規模修繕か、雨漏りの瑕疵かによる売主・買主の見解の相違がありましたが、今回は、売主側で費用を負担し修繕を行いました。費用は数百万円程度です。
5.建築基準法と裁判
売却してから一年後、テナントに消防検査が入りました。その時に改善指導が入りました。大きな費用と時間が掛かり、テナント店舗の運営にも影響が出ます。買主はこの件についても、瑕疵であるとIさんに伝えてきたので、Iさんより当社に相談がありました。
この建物は特殊建物であるため、避難階または地上に通ずる2つ以上の直通階段を設ける必要があるとの通達でした。買主は契約時にその旨の説明が無かったため、避難通路を設けるための大規模改修工事の費用1億円のうち半分の5千万の請求を売主のIさんにしてきました。これは当事者同士では解決できないため、裁判を行うことになりました。
裁判の概要は下記の通りです。
概要
・買主がキャバレー・バー等の用途に使用するためには、建築基準法施行令121条3号により、避難階または地上に通ずる2以上の直通階段を設ける必要があるのに、本物件には設備が付いておらず、建築基準法に違反する。
・売買契約の時にその説明がなく、瑕疵である
・2以上の直通階段を設けるための大規模修繕工事を余儀なくされたので、工事費用1億円の半分の5千万円の損害賠償を求める
前提事実
・建築基準施行令は121条3号は、「建物をキャバレー・バー等に供するには、避難階または地上に通ずる2以上の直通階段を設けなければならない」と規定している。
・本物件には、避難階または地上に通ずる2以上の直通階段がない
・売買契約書、重要事項説明書には、建築基準施行令は121条3号に関する記載はなかった
争点
・建築基準法違反に係る隠れた瑕疵の有無
・本件売買契約の目的に係る隠れた瑕疵の有無
・原告の損害
原告(買主)の主張
・本物件をキャバレー・バー等に用いる目的で購入したが、この目的で使用するには避難階または地上に通ずる2以上の直通階段が必要なのに、付いていない。建築基準法違反で、瑕疵にあたる
・売買契約の時に、建築基準法違反の事実が開示されてなく、買主は容易に発見できないものだったため、隠れた瑕疵にあたる
被告(売主)の主張
・本物件は、建築確認済証を受けて建築されたもので、建築基準法に適合している
・仮に瑕疵があったとしても、階段の在否は容易に分かるので、隠れたものとは言えない。
・仮に瑕疵が隠れたものであっても、買主は不動産業務に関する専門家である上に、仲介業者も関与しており、調査すれば容易に分かることなのに調査しなかったので、買主にも過失がある・
事実関係
・原告(買主)は、土地建物の売買、仲介並びに賃貸、管理、建物の設計及び施工請負等を業とする会社である。
・本物件は、建築確認証の交付を受けて建築されている。
・売買契約において、キャバレー・バー等の用途に供されている部分を含めて、賃貸人地位承継の確認書を取り交わした
・不動産売買契約書および、重要事項説明書にも建築基準施行令は121条3号に関する記載はなかった。
・建築基準施行令は121条3号は「建物をキャバレー・バー等に供するには、避難階または地上に通ずる2以上の直通階段を設けなければならない」と規定している。本物件は売買契約当時、建物の相当部分がキャバレー・バー等の用途に供されていた。現在もその状態が続いている。避難階または地上に通ずる2以上の直通階段は設けられていない。
結論
・買主は本物件をキャバレー・バー等に使用するには、建築基準施行令は121条3号に違反していて、瑕疵であると主張するが、買主が本物件契約の際に、本物件をキャバレー・バー等の経営に使用する目的で購入すると表示した形跡がない。
・上記のことから、本契約は、本不動産の所有権を移転することを目的としていて、事務所店舗という構造および用途を前提として契約が締結されたというべきである。
・本物件は建築基準法に適合しており、本物件自体の瑕疵とは言えない。
・本契約における重要事項説明書は宅地建物取引業法35条の1,2に基づいて作成され、同法に基づく事項がすべて記載されており、キャバレー・バー等という用途との関係で建築基準法違反となるかは重要事項として説明すべき対象になっていない。
・本物件に2以上の直通階段がないことは外観から明らかである。
・原告(買主)は不動産の売買、賃貸業務を業とする会社であることから、売主が本物件の実際の用途における建築基準法適合性について情報を提供すべき義務があるとは言えない。
・以上から、本物件に建築基準法違反に係る隠れた瑕疵があるとはいえない。
以上の結論が出て、原告(買主)の請求は棄却されました。
ソーシャルビルは様々な問題が引き起こされる場合があります。素人同士の取引の場合は、お互いに知らないなどと泥沼になることもありますが、今回はお互いにプロ同士だったので、冷静に対応できました。
仮に強引な主張があったとしても、逃げずに誠実に対応する事がポイントです。事実に基づいてやっていけば、問題は解決します。また、やり取りを口頭で済ませず、必ず文書にすることも重要です。誰が誰に対して、何時、報告・連絡したのか分かるようにしておきます。連絡の際にFAXやメールを利用すると便利です。
決して逃げずにすぐ対応すれば、きちんと相手にも伝わります。当社は、この売主と買主の仲介業者とは、その後他の大きな案件も一緒に仕事をするお付き合いに発展しました。トラブルが多い案件でも、確実にコンサルを行っていくことが大切です。
6.ソシアルビル売却の際の注意点
ここで、ソシアルビル売却・購入の際の注意点を挙げます。
①瑕疵担保について
瑕疵担保で多いのは、圧倒的に雨漏りです。売主は、屋上・窓などの開口部において、過去雨漏りがあった場合は正直に伝えます。買主はきちんと確認しましょう。
②修繕費について
過去の修繕履歴があると、今後の大規模修繕の計画を建てるときに、見積もりが立てやすくなります。なければ、揃えたり、作成しましょう。その上で、大規模修繕計画を出して、今後かかる修繕費を見積もって、実際の価格を決定します。ほとんどの場合、修繕費を甘く見過ぎています。本来は、かかる費用を逆算して、毎月いくら積み立てるか決めておかなくてはいけません。修繕費で実質の利回りが決まるのです。
③水道光熱費
水道光熱費の支払い・請求は物件ごとに違うので、この点もきちんと確認します。テナントへの請求の仕方と、各会社への支払い方法を確認します。精算・引き継ぎはいつからどちらが支払うかも打ち合わせます。
今回は下記の内容でした。
・ガス 各テナントへ直接ガス会社より請求
・水道 テナントごとに子メーターの検針を行い、それぞれ規定の料金で各テナントに請求。親メーターへの請求は2カ月に1回で、各テナント請求合計金額よりも多くなることはない。
・電気 子メーターの検針によって、各テナントへ規定料金によって計算して請求。親メーターへの請求とほぼ同額になっている。
④テナントについて
テナントは飲食店が多く、商売の性質上滞納リスクが多いです。また、保健所対応、風営法なども関係してきます。賃料・空室共に、景気に簡単に左右されます。テナントが退去した場合、次のテナントを見つける方法も、地元のネットワークが必要なこともあり、閉鎖性が大きいのが特徴です。
依頼者の感想
以下にIさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
ソシアルビルの売却について
ソシアルビルは10年ほど所持してきました。家賃額も大きかったので、良い物件でしたが、老朽化した為売却しようと思いました。ただ、ソシアルビルで特殊な物件であること、老朽化、空室がある、滞納者がいることなどがあり、売却は難しいかと思い、今回はコンサルタントにお願いしました。不動産コンサルタントの福田さんが対策を立てて売却してくれました。欠点だと思っていたところを、きちんと表に出すことで、購入者は安心してくれるのですね。
瑕疵担保の件で色々問題はありましたが、最終的には上手くいって良かったです。
瑕疵担保について
雨漏りや建築基準法についての裁判は、コンサルタントが間に入ってくれたことで、主観的にならず誠実に対応できたと思います。ソシアルビルの売却では、売却後も色々な問題が生じる事があるのですね。福田さんが、色々なやり取りを文書で残していてくれたことも、役立ちました。
買主側の仲介業者の方にも大変感謝しています。買主側の立場にも関わらず、冷静で中立な対応をしてくれました。買主側の突然の担当者変更や、ハードな交渉もありましたが、真摯にかつスピーディに対応してくれました。とても優秀な方でした。