福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル
第6回 東京都世田谷区成城のNさん
~隣地購入による価値向上および外国人向け高級戸建貸家の提案~
自社ビルの隣地が売りに出るという情報をつかんだNさん、隣地を購入することによって価値向上が見込まれるので、購入して複合ビルを増築することを提案しました。資金は別の不動産を売却することによって捻出。コンサルの途中に相続が発生したので、自宅の有効活用と二次相続対策のために、外国人向け高級戸建貸家を建築した事例です。
前段=「隣地購入による資産価値向上を提案」
◆中央区の自社ビル隣地に複合ビルを増築
<組み換え前の現状>
依頼者は…
Nさん65歳。酒卸業、不動産貸付業、大手飲食業チェーングループを運営。
依頼者の父親は戦前、広島から上京して酒卸業、不動産貸付業を開始しました。その後、都心の駅前立地限定で飲食業のチェーン展開を始め、直営店120店舗を上回るまでに拡大させました。店舗は常に時代の変化に対応できるよう業態変化を重ねつつ長期に亘る運営を続けています。
資産内容は…
東京都品川区に1,2階酒類卸・倉庫兼上階賃貸オフィスビル。
東京都中央区にオフィスビル(1,2階自社使用)。
東京都世田谷区成城五丁目に邸宅(一部自社使用)。
その他、都内の駅前店舗やマンションを法人名で多数所有している。
依頼者の要望は…
①中央区の本社ビルの隣地が売りに出ているので、購入して有効活用がしたい。同時に品川区の酒類卸売と倉庫機能を本社ビルに移転させたい。
②父親の相続が発生したので、二次相続対策も含め成城の邸宅の有効活用を提案してほしい。同時に成城の事務所機能を中央区の本社ビルに移転させたい。
実際の展開は(前段)…
①隣地を購入するのは得策
本社の隣地が売りに出ていたので購入することにしました。そこは前面道路が12mで間口が狭い土地のため、活用が難しく、相場より安い価格で購入できました。具体的には、その土地単独だと道路斜線の関係やプランニングの制約があり、法定で700%の容積率があるにもかかわらず、400%程度しか使えません。ところが、本社の土地と併せると間口が広くなり、プランニングも良くなり利用価値が高まることは明らかでした。
②増築という手があった
それでも前面道路が12mなので道路斜線の制限を受け、高さに制限がかかります。そこで、本社を増築するという手段をとりました。増築の建築確認を申請すると道幅の広い表道路(国道)が接道することになるので、高さ制限を受けることがなくなります。その結果、10階建てのビルが建てられるようになり、容積率700%をまるまる消化できました。
地続きの隣地を購入するとメリットがあると良く聞きますが、このように実質的に容積率がアップ出来たのは増築の確認申請という手法に気がついたからです。実は増築といっても、ほんの一部を通路でつなげるだけですが、それで独立した一棟のビルとみなしてもらえます。
ただし、増築のデメリットもあります。ビルの既存部分も現在の建築基準法に適合させなければならない点です。今回は駐車場、駐輪場、管理人室、避難通路、ゴミ置き場、緑地、消防について区役所と協議しながら現法への適合を図ることにしました。
最も苦労したのは消防です。既存ビルの防火区画の取り方やエレベーターの防火仕様を変更し、火災報知機も既存ビルと新築する複合ビルを連動させなければなりませんでした。
また、電気と水道を新たに引き込みたかったのですが、当局から「原則として一つのビルには一つしか引くことができない」と拒否されてしまいました。説明を繰り返した結果、最終的には電気と水道を新たに引くことができインフラも独立させることができました。
③設計コンセプト
建物の設計で大切なのが設計コンセプトです。汐留の再開発地区の隣接地でもあったので、開発コンセプトを「汐留土地区画再開発計画との相乗効果を図る」とし街並みの統一感を目指し、三つの設計コンセプトを定めました。
一つ目は「土地の最有効利用」。増築によって申請容積率700%を使い切り、道路斜線の制限をクリアすること。
二つ目は「快適性」。既存倉庫と作業場および既存事務所とのつながりをスムーズな動線とすること。
三つ目は「街づくり」。既存ビルも新規のビルも、どちらの通りから見ても統一感のある建物の顔を作ること。
具体的な設計提案として以下のような計画を盛り込みました。
ア.賃貸部分は全室南面プランにする。
イ.立地が良いので部屋の広さよりも、戸数をなるべく沢山取る。
ウ.エントランスの間口は思い切って取り、豪華さを演出する。
エ.1階から3階までと、9階・10階に見切りと化粧柱を設けイタリアン風の外観デザインとする。
オ.屋上庭園を建物の真ん中に配置する。
カ.オートロック、宅配ロッカーなど賃貸住宅の募集をしやすくコストがかからない設備を装備する。
キ.一般的には鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC)になる建物だが、プランニングをシンメトリーにして、建物の重量バランスを取ることによって鉄筋コンクリート造(RC)で建築することを可能にし、コストダウンを図る。
ク.自社使用するのは1階から3階までとし、外部からの侵入ができないようにする。
④土地代・建築費は売却資金で
土地代・建築費は借金をして手当てするケースが多いですが、依頼者のNさんは品川区の酒販兼倉庫ビルを売却することによって捻出しました。同ビルの賃貸収入は無くなりますが、新規で建てるビルの収入と比較すると得策と考えたからです。もちろん、借金をして建築をすることもできますが、ビルに投下した資金を回収するには時間がかかると判断しました。無理な借金はやめて資産の組み換えにしたのは、安定経営と本業を優先させるためです。
⑤無借金経営の複合ビル完成
こうして、10階建ての複合ビルが無借金で完成しました。1・2階には品川区にあった倉庫機能を移転させ、3階は成城の自宅の一部にある事務所機能を移転させました。4階以上を27戸の賃貸マンションとしています。同時に既存ビルの自社使用部分も改装、新しい事務所に生まれ変わりました。
これで本社機能が一カ所に統合できた上に、平均坪賃料が1.5万円を超える高利回りの賃貸収入を生むこととなりました。銀座が徒歩圏なので賃貸マンションは入居者が絶えることはありません。街並みにしっくり溶け込んだ複合ビルが完成しました。
品川区のビルの売却益は買換え特例を活用したので、譲渡にかかる税金は繰り延べされています。
実際の展開、後段は…
「二次相続対策のご提案」
◆成城五丁目の邸宅を解体し、外国人向け高級貸家と邸宅を建築
①突然に相続が発生
前段の資産の組み換えを行なっている最中に、父親の相続が発生しました。幸い一次相続対策は万全にしていたので、慌てることはありませんでした。しばらくしてから、成城の邸宅を思い切って有効活用することにしました。目的は母親に楽をさせてやることと、二次相続対策です。母親も相続で資産がかなりありましたから、次の二次相続には相当の税金がかかってくるはずです。
②母親の納得が鍵に
父親が亡くなって間もなく、自宅兼事務所にしていた建物を建て替え、外国人向け高級貸家と自宅を建築するという提案をしました。思い出が多く残る邸宅を解体することに母親が耐えられるかと心配しました。ましてや自宅の隣に、外国人が住むことにも抵抗があるのではないかと想像していました。ところが、意外にも母親は平然とした表情で計画を認めました。複雑な思いはあったはずなのですが…。
方向性が決まってからは、むしろ母親が主役となりました。新しく建設する邸宅と外国人向け高級貸家について、その配置と間取りの大筋は母親自らが絵を描きました。専門家から見ても正しいゾーニングでした。90歳を超えていましたが、土地の特徴と自分の生活スタイルを良く認識してプランニングされたことに関係者の誰もが驚きました。
数々の課題を克服した
実際の計画にあたり、数々の課題が出てきました。
ア.都内屈指の高級住宅街と言われ、その中でも高台にあり、最も区画割りの大きい超一等地に相応しい計画としなければならない。
イ.建築の規制が大変厳しい。建ぺい率40%、容積率80%、地区計画(敷地面積の下限165㎡、建物後退が隣地から1.5m、道路から2m必要。共同住宅や長屋の建築不可)、地域の紳士協定で環境を維持するための規制をクリアしなければならない。
ウ.外国人向けの高級賃家のニーズはあるのだろうか。また、採算性は確保できるか。
エ.地域の環境を守るために住民の反対運動が起きるのではないか。成城の中でも存在感のある邸宅の土地が分割されてしまうことに地域住民の反感を買うことはないか。
③設計コンセプト
こうした課題を克服するため、設計コンセプトを「本格的環境共生住宅」とし、地域の街並みを守る意志を尊重しました。
環境共生住宅の定義は「地域環境を保全するという観点から、エネルギー・資源・廃棄物などの面で十分な配慮がなされ、また、周辺の自然環境と親密に美しく調和し、住み手が主体的に係わりながら、健康で快適に生活できるように工夫された住宅およびその地域の環境」とされています。
具体的な設計に取り入れた点は以下の通り。
・ 「和にして、モダン」な表情の外観とする。
・ 外断熱工法を採用して、省エネと快適性と高耐久性を確保する。
・ 高齢者対応用エレベーターを設置する。
・ 邸宅の南北に高木を配置させ、微気候の発生を促進させ涼を取る。
・ 熱損失や日射取得の小さな建物の形状とする。
・ 通風と採光に優れた間取りとする。
・ 節水型便器や水洗の節水コマを使用する。
・ リサイクル資材、建材を使用する。
・ 池を親水空間として再生する。
・ 高齢者対応としての遮音・防音・バリアフリー住宅とする。
・ 健康住宅・ユニバーサルデザインに配慮する。
④意外に高い利回りに驚き
外国人向けの高級賃貸住宅を計画するにあたり、徹底的な市場調査を行いました。それによると、既存物件で一番多い家賃価格帯は100万円前後でした。しかし、家賃100万円にしては広さや設備の点で見劣りがするものが多かったです。坪当たり賃料が1.2万円~2.0万円とバラバラだったことにも驚かされました。原因は建物のグレードが大きく異なっていることでした。
分かりやすく言うと、面積70坪の貸し家を坪50万円で建設すると家賃は約70万円ですが、坪100万円で建設すると家賃は2倍の約140万円取れます。貸家はなるべく安く建てたほうが得という従来の発想は通用しません。
このことを理解してもらい、安普請な建物にはしなかったため坪2万円弱で貸すことができました。坪2万円と言えば、赤坂・麻布・青山と言った「3A」と言われる地域の超高級マンションの坪賃料と変わりません。具体的には面積70坪の貸家を7,000万円かけて建築して、家賃が130万円になりました。利回りは22%です。土地代金は入っていませんが驚異的な利回りです。
⑤建築会社の選定が重要に
超高級住宅を建てるとき安普請はだめですが、割安に建てることは必要です。そこで、この条件に該当しそうな建築会社8社から、依頼者に2社選んでもらい相見積もりを行ないました。
解体工事も外構工事も競争入札の形を取り一番適切な会社を選択しました。コンサルタントの強みはこれら業者の体質や、価格、納期などをチェックし最適な業者を選択することができる点です。最終的に選ばれたのは大手ハウスメーカーの下請けを行なっている豊島区の建築会社でした。
理由は、価格が一番安いこと、和室の造作が得意であること、リフォーム工事が出来る(元の家の欄間や床柱、ステンドグラス、食器棚などの移設ができる)ことでした。偶然にもこの建築会社の大工は、元の家の改築工事を手がけた経験があり、何かの縁を感じました。
⑥相続税の評価減も得られた
今回土地を3分割にすることによって土地の相続税評価を下げることも成功しました。元々は250坪の角地でしたが、それを100坪、100坪、50坪の利用形態別に分けました。オール角地であった土地が、片側の低い路線価に面する土地が100坪、片側の高い路線価に面する土地を不整形地の100坪とし、角地はたったの50坪にしました。土地分割の仕方を工夫することにより、相続税評価額を下げました。
もちろん、貸家建て付け地としての評価減も得られるし、建築費と固定資産税評価の差も評価減となります。貸家の方は借家権が付くのでさらに建物の評価が30%低くなります。実際に数値でシミュレーションすることが相続対策ではとても重要です。
⑦結果的に
邸宅を解体し、新たに外国人向け高級貸家と邸宅が誕生しました。これも資産の組み換えです。ふんだんにあった緑はそのまま残したので、風格は変わりません。庭園は邸宅からはもちろん、貸家からも望むことが出来ます。外国人向け高級貸家は入居者の交代が時々ありますが、いつも直に決まるのでまったく心配がありません。
腕の良い大工が担当してくれて品質も良かったことと、ハウスメーカーの下請けの建築会社に直接発注したので中間マージンが無く、かなり割安に建てることができました。
また事務所機能を中央区の本社に集中させることができ、従来のように成城と中央区を行き来する必要がなくなりました。副次的ですが、2次相続対策にもなっています。何よりも母親が伸び伸びと住める家を手に入れたことが最大の財産となりました。
依頼者の感想
以下にNさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
あえて資産の組み換えにしました
今回借金ではなく、資産の組み換えにしました。理由は、不動産賃貸や酒屋の仕事というのは長期的な投資になり、銀行から借金をしても短期に返済できるものではないからです。ですから、欲しい物件があるときは借金をしないで済む資産の組み換えで取得すべきなのです。売却する建物にも賃料収入はありますが、どちらが得かを計算すればいいわけです。
買換え特例が使えて良かった
品川区の倉庫は法人所有でしたので、単純売却だと法人税が大変でした。
買換え特例を使って税金対策も非常に上手くいったと思います。それと中央区での卸しの免許がタイミングよく取れたことが良かったと思います。
賃貸マンションを主体にして良かった
新築したビルの主体を賃貸マンションにしたのは、需要が安定し長続きするだろうと思ったからです。オフィスだと景気に左右され空室が出る可能性がありますが、銀座に歩いていける賃貸マンションというのはあまりないでしょうから、むしろ絶対そうすべきだと。南向きで日当たりはいい。しかも、運よくその前だけ視界が開けているので新幹線も見られます。
新築したビルの主体を賃貸マンションにしたのは、需要が安定し長続きするだろうと思ったからです。オフィスだと景気に左右され空室が出る可能性がありますが、銀座に歩いていける賃貸マンションというのはあまりないでしょうから、むしろ絶対そうすべきだと。南向きで日当たりはいい。しかも、運よくその前だけ視界が開けているので新幹線も見られます。
母の協力があって実現
2次相続のことを考えると、資産の半分は貸家にしておいた方がいいだろうと踏み切りましたが、何よりも母親の理解がありがたかったです。
母は隣に外国人が住むことに対して全然抵抗はありませんでした。庭を共有することも構わないという感じでした。それよりも、せっかくいい庭があるのだからそれだけは壊さないというのが基本でした。母にも経営感覚があり、庭をうまく利用した方がいいと分かったのだと思います。
それと、福田さんのブレインですが素晴らしい設計、施工ができる職人に恵まれたのが大きかったですね。
私の不動産に対する見方
不動産と言うのは立地産業です。不動産投資をする場合には立地を充分考えることが大事だと思います。次の買い手となる富裕層や資産家達の目に適うものでなくてはいけません。単に、安いからというのではダメです。
飲食業でも、不動産業でも、酒の卸しでもひとつの商売が成立してそれでお終いではないです。そこから先もメンテナンスが延々と続きます。お客様へ良いサービスを提供し続けていくことが、顧客の確保に繋がり社会貢献にもなる。社会貢献をしながら正当な利益を得るということをやっていけば、会社の名声にもなってうまくいきます。
コンサルのポイント その16 相続で大きなチャンス
相続コンサルティングで最初にやるべきことは、総資産の把握と相続人の確定作業です。全ての資産の価値や収益性を分析し、将来に残す資産、活用する資産、相続税納税用資産に色分けします。
実際に相続が起きると納税までの時間は10ヶ月と短く時間との戦いです。まずは資産税に強い税理士を紹介。相続財産と相続人を確定させ、そのうえで遺産分割協議書を作成。不動産コンサルタントが資産内容を把握しているので、遺産分割協議書の案を策定するのに適しています。相続人間の思惑を考慮しながら、将来の不動産活用や二次相続対策を念頭に入れての作業です。遺産分割協議書が整えば各種名義変更が可能です。不動産なら司法書士、金融商品ならそれぞれの会社に手続きを依頼します。次に相続税を支払うために資産売却の準備をします。売却で資金を確保し、相続税の納税の申告をして完了です。
文字にすると僅かですがこの間に膨大な交渉と作業量があります。やり遂げたあかつきには資産家から感謝され、一生の付き合いが出来る関係になっています。
コンサルのポイント その17 デキル人と組む
案件を解決した後にお客様から「福田さんのブレインはすごいね」と褒められる事が多く、大変光栄なことであります。
私は意識的に自分より優秀な人とつきあってきました。尻込みせずに優秀な人の中に飛び込むと、自分の世界や知識が広がりますし、優秀な人とのネットワークも出来ます。
コンサルタントの仕事はみんなの知恵を借りて、お客様にとって最も良い提案をする事です。その為には全てを自分の手柄とするのではなく、法律面はあの方、税務面はあの方、実務面はあの方というように、その方面が得意な方に協力をお願いします。ご協力いただける相手も喜んでくださるし、こちらも助かります。またお客様にも最適な提案が出来ます。これが私の目指す「win win
win」の関係の一つです。
コンサルのポイント その18 建築士の力
コンサルタントと依頼者の間で練った構想を具体化させる上で最もキーマンになるのは建築士です。私が思う優れた建築士のポイントは3つあります。
一つ目は「企画に参加できる」。住宅・マンション・ビル・店舗など様々なプランの経験をもち、設計する立場からアイデアを出してもらいます。パース、模型、写真、見本を多用してお客様の頭の中にイメージ映像が画けるようにしてくれます。またその打合せが楽しくでき、さらに良いアイデアが生まれ、依頼者の意思決定を促進してくれます。
二つ目は「コスト管理ができる」。お客様の期待に応えるプランでありつつ事業計画や資金計画にも合致できるように設計出来なければなりません。そのためには、施工会社の入札のとりまとめが出来、見積もり条件を精査し、施工会社の質疑に応えられる能力が必要です。また、追加原価を出さないことも重要です。
三つ目は「お客様管理ができる」。設計監理中もきめ細かく連絡してくれるとありがたいものです。請負という仕事は形が見えないので依頼者が不安になるからです。議事録がきちんとしていて、打ち合わせ・進捗状況をこまめに報告してくれる建築士はお客様の信頼を得られるだけでなく、業者・関係者に対してもミスのない施工へとつながります。
*『混迷の不動産市場を乗り切る優良資産への組み換え術』(住宅新報社)に収録した事例を基に再構成しています。