連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(20)」~不動産投資を事業のもう一つの柱にする~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
不動産コンサルタントを活用して、投資という観点から店舗賃貸経営に挑戦しました。不動産投資の進め方をご紹介するとともに、店舗賃貸経営特有の売買契約の注意点、テナントとのやり取りについてもふれてみます。
-依頼者の状況-
10数年間の会社勤めの後、ITコンサル会社を設立して独立したRさん。会社経営も順調でいくらかの現金が法人に貯まりました。このまま銀行に寝かせておいてももったいないので、この資産を投資して活かしたいと考えました。前から興味のあった不動産投資を始めようと思いましたが、必要な情報量も多く何から手を付けていいのか分からない状態です。不動産コンサルタントのアドバイスを受けながら、投資家目線の不動産投資に挑戦することにしました。
依頼者は…
Rさん 43歳(ITコンサル会社経営)
家族構成 妻 38歳
子 5歳
資産内容は…
自宅マンション
依頼者の要望は…
①法人に貯まっている現金を有効活用したい。前から興味のあった不動産投資をしてみようと思う。
②節税も出来るのか?その説明もして欲しい。
③本業のITコンサルは今のところ順調だが、収入が変動的だ。不動産投資で安定的な収入を得たい。
コンサルタントから見た課題は…
特段、課題となることはありません。考え方もしっかりしているし、経営能力もあります。
「プロとして私に合った提案をしてください。」「私の立場を考慮のうえ、自分でも投資しても良いというものを紹介してください。」
とお願いされたからには、私が本気で探すことが課題です。特段、時間を急いでいるわけでもないので、じっくり、本当に投資に値するものだけを紹介することとしました。
-事例の実際の展開-
1.要望の確認
Rさんの経営する会社も軌道に乗り、ある程度の内部留保ができました。会社の現金は銀行に普通預金にしています。預金にしておくだけではもったいないですし、法人税・所得税のことも考え、資産運用をしたいと考え始めました。
今迄も自身で多少の株・MMFはやっていましたが、不動産投資に興味があったため、手始めに何かやりたいと考えました。しかし、不動産のことは皆目分からない上に、自分で勉強するにも範囲が広すぎると思いました。本業があるため、物件を見る時間もありません。自分がITコンサルタントで成功しているため、コンサルタントの有用性は充分承知していました。そこで、顧問税理士から不動産コンサルタントということで当社を紹介していただきました。
ご要望は、節税と安定した収入です。ITコンサルの仕事は収入が変則的なため、安定した収入をもう一本持ちたいと考えていました。また、ITコンサル業は無借金でやっているので、投資も無借金でやりたいと考えました。レバレッジをかければ、売上も利益も上がることは分かっていましたが、まずは予算を1,500万円までとし無借金で行なうこととしました。1,500万円の現金を銀行で預金しても、0.1%の金利しかつきません。仮に10%で運用出来れば100倍の効果です。充分な対策でしょう。
以上のニーズを聞き取りした上で、Rさんの要望を
①予算は1,500万円まで、現金で購入
②物件は住居系、店舗系、倉庫系に係らず
③法人の節税になるもの
④安定的な賃料収入が見込めるもの
とまとめました。
2.指値をすれば優良資産に
急ぐ必要のない案件であることと、最初は無理のない範囲でやろうという事で、良い物件が入ったらご連絡することにしました。たまたまアットホームのマイソクに目を通していたら、手頃な物件がありました。都心からJRで40分程度、駅前の貸店舗です。可も無く、不可も無く、決して特段良いという訳ではありませんでしたが、指値して値段が下がるなら依頼者におすすめ出来ます。表に出ている情報は基本的には売れ残りです、指値して割安な価格で購入することによって優良物件になる可能性があります。
マイソクに出ていた物件価格は880万円で、昭和61年築、RC造で、現在、事務所が賃貸しています。年間138万円の収入予想で15.6%の表面利回りでした。ワンテナントのため、事務所が出ていったら一気に家賃が無くなるのがリスクです。
今回は現金で購入するため、思いっきり指値しました。表面利回りで20%あれば面白い投資です。670万円で指値してみることにしました。仲介会社に話をしたところ、意外にもあっさり670万円まで下がりそうだったので、さっそく依頼者に購入を勧めました。この物件はワンテナントのリスクがあるので、表面利回りは20%を目標としました。
場所はJR線の駅から徒歩5分です。ぱっと見の見栄えは良くはありませんが、すぐ近くにコンビニ、銀行があることから市場調査され尽くした立地にあるので大丈夫だと考えました。
ここで考えなくてはいけないのが、経費の事です。表面利回りが20%だと、5年で投下資本が回収できるかと思いますが、経費を考慮したネット利回りで考えなくてはいけません。(図1)管理費2万5千円、積立金1万5千円、12カ月で48万円です。それに固定資産税が年間10万円かかり、経費は合計で58万円です。売上から、これら経費を除いたのがネット利益となり、年間80万円の収益です。
最初の物件価格880万円だとネット利回りは9.3%。こちらの指値の670万円だとネット利回り12%と出ました。ネット12%と言うと、投下資本を8.3年で回収できます。銀行に遊ばせておくよりは、断然良いと考えました。かつ区分所有で建物の比率が大きく、減価償却費が大きいのもポイントです。
問題はテナントです。現在は一般の事務所に賃貸していました。この物件は本来なら飲食業も出来るので、飲食店に変わればもっと家賃が高くなります。そのため、テナントが変わった時に、家賃を変えられると考えました。今の事務所の前のテナントは飲食業だったため、用途変更の必要がありません。ある程度、設備もあります。
このような数字、状況を説明してRさんに購入を考えていただきました。今回は借金するわけでもなく、勉強にもなります。気軽な気持ちで購入してもらいました。預金金利が0.1%で年間6,700円の利息だったのが、年間80万円の収入に増えました。120倍です。
3.テナント変更でインカムアップとキャピタルゲイン
思っていたよりも早くテナントの事務所が移転することになり、退去しました。普通でしたら、新しいテナントを探さなくていけないので、負担と感じますが、ここは家賃改定のチャンスと捉えました。地元の不動産業者に依頼して、テナント募集しました。今回は事務所利用だけでなく、店舗利用も視野に入れての募集です。不動産業者さんの協力もあり、次のテナントがスムーズに見つかりました。飲食業のテナントが入り、家賃収入は16万円です。16万円×12カ月=192万円/年と54万円/年アップしました。表面利回りは28%(192万円÷670万円)、ネット利回りは20%((192万円-58万円)÷670万円)です。これなら5年で回収できます。
安定的な収入が入り、Rさんの第一回目投資は成功しました。
事務所と飲食店の家賃差によって、物件価値も上がります。192万円÷16%=1,200万位の価値になりました。
不動産取得税、手数料などの取得費はかかりますが、ざっと=530万円(1,200万円-670万円)の含み益です。
家賃が40%アップしたので、収益還元法では、物件価格も40%アップしたとシンプルに理解してください。
4.次は全額ローンで購入
一棟目の投資が順調で、本業のITコンサルも調子がいいので、またいい物件があったら紹介してくださいとRさんから依頼が続きました。
ちょうど、リーマンショックがあって、物件価格が下がっている時期なので、タイミングが良いとアドバイスしました。要望を聞いたところ、今回は都心の物件が希望と言われたので、都心を中心に当たりました。さすが都心ではモノが少ないですが、港区内で賃貸マンションの一階の区分店舗が売られている情報を関係者から得ました。
6,000万円、築30年と古いのですが、年間630万円の収入なので、表面利回りで10.5%あります。こちらも指値をすることにしました。都心の物件といえども、ある程度の築年数のため、この物件はネット利回りで8%欲しいと考えました。収益還元法で割り戻すと、5,600万円です。ネット8%の期待利回りで割り戻した収益還元価格の査定書を売主に渡し、この値段であれば購入しますと伝えました。売り主側は、不動産コンサルトが作成した査定書も付いていたので、この数字に気持ちよく納得してくれ、契約となりました。
指値と言っても、とにかく値切れば良いのではありません。NOI利回りを8%以上で探していたことを明確に伝えていたので納得してくれたのです。よくやってしまうのは、とにかく少しでも安く買いたいから、ただ値切るということです。このやり方では売主も頭にカチンときます。こういう条件で探していて、お互いの条件が合うなら取引しましょうという言い方によって、こちらの強い意志を感じてもらいます。根拠を数字で示すことが、交渉においては重要です。
リーマンショック直後ということではありますが、港区の一等地の物件でこの利回りは申し分ありません。この物件は割烹料理店がテナントで入ることは決まっていましたが、まだ開業していませんでした。理由を聞くと高級店を目指しているので、腕のいい板前が見つかるまでオープンしないとの方針だからです。
家賃は毎月入っていますし、内装設備費用も数千万円かけて立派でした。テナントの親会社は新興の上場会社でした。直接テナントにも挨拶に行き、親会社の財務内容や、信用調査をみる限りは問題ないと見て、Rさんにお薦めすることにしました。資本力が無くて、保証人がしっかりしていない親会社だと、そのままオープンできないこともあり、購入者のRさんに迷惑かかります。このテナントは財力があり、かつ、本物志向と分かったので、納得して話を進めました。
コンサルは依頼者の代弁者です。このように依頼者の立場に立って、物件を調査することも重要です。
Rさんは無借金経営を続けてきましたが、このように確実に収入が入るなら良い借金と考え、期間を短めにし、固定金利とし、元金均等返済にすることによってリスクを押さえた借入をおすすめしました。収支はトントンになったとしても、借入期間が短く、元金がドンドン減って、純資産価値が上がるのが魅力です。(図2)
借り入れは日本政策金融公庫にお願いしました。不動産投資ですが、問題なく事業の設備資金として購入金額満額出してくれました。利息は2.3%の固定です。家賃収入で全部払えます。
決済の時に前の所有者から保証金を500万円引き継ぎました。購入の際には、売買代金の他に仲介手数料、印紙代、登記費用、不動産取得税などの経費が意外にかかりますが、この保証金のおかげでRさんは一銭も出さずに物件を購入出来ました。毎月30万円返済し、元金はどんどん減っていきます。15年ローンなので、元金の減るスピードが早いです。しばらくして、店舗は順調にオープンしました。Rさんもたまにお店にお客として訪ねました。実際には店舗のオーナーではありませんが、自分の店と言う気分が味わえます。
5.テナント退出の際の注意点、原状回復
ところが、本社のリストラの一環で、テナントが家賃を一割値下げしてくれとの交渉が入りました。どう対応したら良いのかとRさんから相談がありました。周りの家賃相場を調べると、確かに急激に悪化しています。市場の影響はしょうがないということで、多少の値下げ交渉に応じました。テナントとの関係を悪くするよりは、素直に値下げした方が良いと判断した為です。家賃を下げた上で、ローンの返済、固定資産税、火災保険料を支払っても、手元に残ります。
ところが、しばらくすると親会社の事情で割烹料理屋は撤退することになりました。店舗系のテナントオーナーの宿命です。次のテナントを探すことにしました。問題となったのは、数千万円かけた内装設備です。契約上はスケルトンにして、原状回復となっていますが、出ていくテナントからすれば、数千万円かけたのが、無駄になった上に解体費までかかるので残念です。
まずはオーナー側の作戦として、このようにアドバイスしました。「解体費を見積もり、保証金から解体費を差引いて返してあげなさい」。「なぜ、そのようなことをするのですか?」とRさんはピンと来ていません。「次のテナントがその内装をそのまま活かしたいということであれば、その内装設備をテナントに売ることもできるのですよ。万が一、次のテナントがスケルトンにしてくれと言われれば解体費は頂いているので、問題ありません。」なるほどとRさん。
この作戦でテナントと掛け合いましたが、相手もプロです。「いいえ自分で解体します。もし、次のテナントが内装設備をいくらかの値段で買ってもらえるなら売りたいとも思っています」とのこと。確かに、内装設備はテナントのものです。こう言われては勝ち目がありません。
ということで、新しいテナントは地元の店舗に強い不動産業者に依頼しました。すると、一週間もしないうちにテナントが見つかりました。契約解除は半年前に通知しますが、次のテナントが見つかった時点で、同時に契約解除しました。
新しいテナントは内装設備に価値を見出していました。そのまま居ぬきで貸してほしいということでした。ただし、ここで注意しなければならないのが、次に出ていく時の原状回復の状態です。出ていく時はもちろん原状回復をスケルトンの状態で返す契約にしました。スケルトンの状態は図面と写真を付けておきました。原状回復でトラブルにならないための対処です。
また、次のテナントとは豪華な内装設備付のため、家賃は下げずにそのままの値段で借りてくれました。この内装設備が、貸す時に大きなアドバンテージとなりました。
店舗賃貸の際のポイントは解約を6カ月前に予告してもらうことです。また原状回復する契約にしておき、現状の写真を撮り、明文化しておきます。
店舗は非常にリスクが高いと思われていますが、その分セーフティネットも用意されています。一つは保証金で10カ月分入ります。10か月分あれば、滞納があっても裁判する時間もあり、保全できます。その上、保証金は20%償却出来ます。500万円の保証金としたら、その内100万円返却しなくても良いのです。解約予告は6ヶ月前です。このように保全措置がいっぱいされています。立地、一階路面店など、ある程度条件をそろえていれば、万が一テナントが出た場合もまた探せば良いだけのことです。
6.節税対策は不要
法人の不動産投資の際は、公的融資が受けられる点もおすすめです。今回、日本政策金融公庫の人がなぜわざわざ購入するか不思議がっていました。法人税、減価償却を増やすため、節税目的で購入していると思い込んでいました。依頼者としては本当に投資で儲けたいのですが、節税対策と思いこんでいるのです。よってむしろ安心して貸し出してくれました。銀行員も「賃貸経営は安定収入が入るので、もう一本の事業の柱として考えるのは良い」とも言っていました。
コンサルタントの仕事は設備投資がありません。内部留保で貯まった資産を、賃貸経営に投資するという発想は自然です。特に自営で小規模で行なっているところは、個人へ給与を支払うよりは、会社で再投資するというのは有効です。
何でもかんでも節税対策という言い方を耳にしますが、税金を払わない事を目的にするよりも、稼ぎ、収益を増やす事の方が大切です。節税だけを目的とすると、資産価値や収益が下がることに繋がります。確かに減価償却の使い方によって、一旦は節税になったとしても、その後節税分が増税になってきます。多くの場合節税は利益の前倒しでしかありません。
節税になる物件を買うことは、収益性が悪くなっていることの裏返しでもあります。不労所得で儲けていると思われたくないために、多くは大義名分として「節税対策で購入した」などと説明します。しかし、節税=赤字です。価値が下がって、財産が減っているのです。本当は価値ある資産を増やしていけば、増税になったとしても最終的に手元に残るお金は多いのです。人間、入ってくるお金よりも出ていく痛みの意識の方が大きいようです。冷静に判断して、出ていくものを減らす努力をするより、収入を増やす努力をするべきです。いっぱい稼いでいっぱい税金を払って、そして手元に残るお金を増やしましょう。
以下にRさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
不動産投資をしてみて
不動産投資は大変と聞いていましたが、選び方によっては安心と分かりました。また、家賃は下がるものと思っていましたが、事務所から店舗に用途が変わるだけで、こんなに家賃が上がるとは思ってもいませんでした。しかも、家賃収入が増えることによって、物件価格も上がり、ラッキーでした。
まさか自分が店舗物件のオーナーになるとは思いませんでしたが、メリット・デメリット・対策をきちんと提示してくれたので、お任せしました。たまに自分でその店舗に遊びに行くのも一つの楽しみです。
コンサルを利用して
自分もコンサルタントなので、不得意な分野は人に任せた方が良いと判断し、コンサルを利用しました。不動産は分野も広く、素人には分からないので、プロにお任せして良かったと思います。
こちらが押さえたいポイントをお話したら、それに合う物件を探してくれ、さらに収益性の説明もしてくれます。きちんと数字で説明してくれたのが、好印象でした。借金に対する考えも変わりました。きちんと入ってくる収入から返済出来るならいい借金なんですね。また、テナントとのやり取りもフォローしてくれ助かりました。それぞれ得意な分野の人にお願いするのが一番だと思いました。
今後の生活
本業の仕事を大切にしていこうという気持ちは変わりません。しかし、不動産で安定的な収入があることで、余裕を持って本業に当たれるのは思ってもみなかった副次効果でした。
私の仕事も含めコンサルタントを利用する価値をみんなに知ってもらいたいですね。