連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(21)」 ~資産リストラを「買い」と「売り」で実施~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
第21回 埼玉県Sさん
~資産リストラを「買い」と「売り」で実施~
-依頼者の状況-
Sさんは一早く温浴施設に目をつけ事業をはじめました。土地から購入するとなると費用がかさむので、賃貸で経営しています。地主に建設協力金を支払い、地主はそのお金で温浴施設を建設し、オーナーに賃貸していました。
ところが、その地主が不良債務をかかえ、土地を売らざるをえない状況に。Sさんは思い切って土地・建物を買い取りました。
その後、Sさんの経営自体も悪化し、店を廃業し、建物を解体のうえ、土地を売却することになりました。
地元の不動産業者さんを介して当社に相談があった、資産リストラの事例をご紹介します。
依頼者は…
Sさん 60歳(事業経営者)
家族構成 母、妻、子供2人
資産内容は…
温浴施設 3軒
賃貸マンション 2棟
依頼者の要望は…
①建設協力金を出して地主に建ててもらった温浴施設を賃貸して経営しているが、地主から土地・建物を買ってくれないかと相談があった。買うベきかどうか?またいくらなら買っても良いのか?買う場合に少しでも安く買うにはどうするか?判断をするにあたり助言をしていただきたい。
②土地・建物を購入後、競合店に顧客を奪われ経営が苦しくなった。今後、撤退すべきかどうか?売却するならいくらで売れるか?少しでも高く売るにはどうするか?判断をするにあたり助言をしていただきたい。
実際の展開は…
1.突然、地主から買い取りの要望が
Sさんは埼玉県のJRの駅から徒歩圏内の場所で温浴施設を経営していました。
設備も老朽化し、売上が減少する中、撤退も視野に入れていた時に、突然地主より土地・建物を買ってくれないかとの話が入ってきました。
当時の経営状態からすれば、土地・建物を買う余裕などありません。本来であれば、すぐに断る話であります。Sさんは念のため、地元不動産会社を通じて不動産コンサルタントの意見を聞くことにしました。
まずは、現状の地主との賃貸借契約の内容の確認です。当初20年間の賃貸借契約が終了し、その間に建設協力金の回収は賃料との相殺の中で完了していました。つまり、保証金返還債権は消滅し、単純な建物の賃貸借契約として、更新されていました。新たな賃貸借契約の期間は5年です。
次に、地主の事情をお聞きしました。無理な相続対策がたたり、銀行から見放され、資産を売却して債務を返済せざるを得ない状況だということでした。競売の予定は?と尋ねると、「詳しいことは分かりません。」とのこと。
おそらく、遠くない将来には競売になるだろうと予測ができます。このような特殊なテナント付きの土地・建物は競売になったとしても、落札をする人は少ないと思います。テナントが賃貸している限りは土地を自由にすることができないからです。賃料は入りますが、価格に対して低すぎます。第三者から見ればあきらかに不良資産です。銀行も競売にしたとしても、その落札価格は相当に低いものと予想しているはずです。
売主の言値をたずねと「4億円で買ってもらいたい」とのことでした。Sさんは2.5億円くらいなら、面白そうではないかと考えていました。
埼玉県内の土地500坪で、JRの駅から徒歩10分程度です。更地であれば坪60万円ぐらいなので、言値としてはそんなものでしょう。
ところが、更地にするには、テナントに高額な立ち退き料を支払い、建物の解体費用を負担しなければなりません。ましてやテナントが立ち退かなければ、全てがアウトです。となれば、第三者の示す価格は極端に低くなります。唯一、テナントのSさんのみが、高額な立ち退き料がかからず自分の意志で更地にできる立場です。
現在の賃料は月額100万円です。年間1200万円です。投資家が土地の価値を無視して、期待利回りで10%を求めるならば、1億2000万円という低い価格となってしまいます。
いずれにせよ、売主は地主ですが、その価格を決めるのは実質銀行です。銀行に納得してもらえれば任意売却が可能となり、第三者よりあきらかに有利に購入できるチャンスなのです。
価格交渉がポイントになるので、価格査定が重要です。当社が多面的に価格査定を行い、銀行に対し納得できる価格を示し、売主と交渉するのです。たまたまSさんと売主とは知り合いだったので、価格交渉は第三者にお願いしたいという事情もありました。
2.価格査定
当社が行なった価格査定は次の通りです。まずは、物件の特徴を記します。
「JR駅より徒歩10分。二方向道路に面しています。建物は鉄筋コンクリート造2階建。プラスポイントとして、①主要地方道に面し、②JR駅から徒歩圏内③分譲マンション用地にも適する。マイナスポイントとして、①地形が悪い②用途が特殊である③更地にする場合、明渡しと解体が必要」
総合所見として「本件は好立地に位置する優良物件である。交通利便性が良く、街の将来性も期待される。しかし、温浴施設という用途であるため、汎用性に乏しく、流動性が低い。同業者がそのまま居ぬきで使うことが、一番価値が高くなる。マンション分譲にも適す。」
まずは、取引事例比較法(a)で検討します。
路線価から逆算すると、2億100万円。近隣公示価格から算定すると2億4200万円、近隣の取引事例価格から算定すると2億6500万円となります。その平均値の2億3600万円を取引事例価格として算定しました。
次は、収益還元価格(b)で検討します。
年間賃料1200万円から公租公課300万円を除くと、ネット利益は900万円です。還元利回り7.5%と想定して、1億2000万円です。
本物件は第三者が購入する場合は(b)の収益還元価格によって評価する事になります。また、解体して土地だけで売却する時の価値も検討しなくてはなりません。その場合は取引事例比較法(a)が基準となります。
そこで、収益還元価格(b)による評価を60%、取引事例比較法(a)による評価を40%取り入れ、按分して算定し、査定価格を1億6600万円としました。
3.価格交渉の結果は
この査定書を踏まえて、銀行に任意売却のお伺いを立ててもらいました。銀行は任意売却には元々応ずる予定でしたが、相応の価格でという条件が付いています。買主の立場で作成しているので、厳しめに作成されているのは、売主も銀行も承知の上です。
第三者より有利であるという立場を徹底的に活用し、神経戦での戦いです。
買主は安ければ買う立場、売主と銀行は何が何でも売らなければならない立場です。しかし、銀行もイザとなれば競売というカードを出すこともできます。最終的にはWIN・WINの落としどころを見つけることになります。
本契約は1億9000万円でまとまりました。Sさんからすると、月額賃料よりローンの支払が少なくなって、土地・建物が自分のものになるのなら良いと考えたのです。買主も銀行も、一番高く買ってくれる可能性のあるテナントに買ってもらえて良かったのだと思います。
温浴施設事業もその経営の雲行きが怪しくなっているところでした。撤退の時には、解体して土地を売れば、今回借りたローンは返せるでしょうし、おつりも出てくるでしょう。そのおつりで、撤退費用も出すこともできます。長らく働いてくれた社員に退職金を支払うこともできるのです。他人には一切口に出すことができない話でした。コンサルタントには秘守義務を守ってもらう条件で、適切な判断をするために打ち明けてくれていました。
4.撤退を決意
Sさんは土地・建物を購入後も3年ほど事業を続けていましたが、大手の同業者が同じ地域に参入してきたのを機に、撤退を検討することになりました。いくらで売れるか相談を受けました。
取得費用と撤退にかかわる費用以上で売却するのは当然ですが、なるべく高く売ることが使命です。
この土地の最有効使用は分譲マンションです。さっそく、マンションディベにあたりをつけてみました。
立地は申し分ありませんが、はたして事業規模が採算に乗るボリュームが取れるかが問題です。
幹線道路が南道路です。南道路は日当たりがよく、有利だと思うのが素人です。南道路だと、北側にある住宅への日影が必要で、斜線制限に引っ掛かり指定容積率が取れないことが良くあるのです。この土地もそこが問題となりました。北道路であれば指定容積率をアッパーで取ることができるのですが、南道路だと容積目一杯に取れないということでした。マンションディベとしては、事業規模がある程度無ければ費用対効果が得られません。30戸程度では採算が合わないということになり、マンションディベは辞退することになりました。
そこで、次は建売会社を中心に入札することにしました。字型が良くなく、奥行きもあるので、有効宅地率が悪くなるのですが、いたしかたありません。
字型を考慮し、二区分に別け入札をすることにしました。土地Aを1.5億円以上、土地Bを1.3億円以上として、最低落札価格を設定しました。
下記はその入札要綱の骨子です。
【スケジュール】
□入札期間 : 平成○○年○○月○○日~○○月○○日
□優先交渉者選考 : 平成○○年○○月○○日
※売主立会いのもと開封し優先交渉者を選考します。
□優先交渉者決定 : 平成○○年○○月○○日
※優先交渉者を決定し通知します。価格順(税抜価格)に優先交渉する予定 ですが、価格以外の購入条件等の内容によってはその限りではありませんので、ご了承下さい。
□売買契約締結 : 平成○○年○○月○○日
□入居者明渡し及び解体 : 平成○○年○○月○○日~○○月○○日
□売買代金決済・引渡 : 平成○○年○○月○○日
【ご了解事項】
<物件に関する事項>
① 実測による売買とします。実測精算は行いません。(後日確定測量図を交付)
② 特段の希望がない限り更地渡しでの売買とします。引き渡しは契約後、四ヶ月後とします。その間に建物を解体し、更地でお引渡しします。
③ 杭は地中2mまで撤去し、その下は地中に残すことになることをご了承して下さい。
④ 売主は、瑕疵担保責任を負いません。
⑤ 入札は土地Aのみ、土地Bのみ、両方と三通りでご検討いただけます。両方をまとめて入札され、その価格がA、Bそれぞれの単独の申込最高金額の合計と同等以上の場合は優先してお譲りします。
⑥ 更地渡しにつき、建物内覧会は行いません。各自、立地の確認のみをテナントや近隣住民に目立たない範囲で行って下さい。
⑦ 融資不承認による解除、各種許認可の取得を条件とする特約条項はつけません。
<その他の事項>
① 購入資金の裏づけを確認させていただく場合がありますので、ご了承下さい。
② 最高入札価格が、最低売買価格に達しない場合には、売却を中止する場合があります。
③ 売主は入札対象物件について、弊社に入札業務代行を依頼しております。したがって売主への直接の連絡はご遠慮下さい。対象物件及び入札方式に関するご質問及び問い合わせについては、全て当社までお願いします。
④ 買受申込者は、売主から提供される対象物件に関わる秘密を保持する義務を負い、入札対象物件購入の検討に関わる者以外の第三者には一切漏洩したり開示したりしないものとします。
不動産の表示
□所在 地番 地目 地積
5.入札結果
パワービルダー数社にあたりましたが、最終的に入札に応じたのは一社で土地Aを1.6億円で札が入りました。最低落札価格が強気であったために、入札者は少なかったのですが、希望以上の価格で売れたので、成功といえます。Bの土地は建売用地には向きません。どちらかというと店舗向きの土地です。レインズとアトホームに掲載して、物件をオープンにしました。しばらくして反響があり、1.2億円で売却が出来ました。
合計金額で、2.8億円です。購入価格が1.9億円ですので、グロス9千万円の利益です。手数料を払っても充分な利益が残ります。同年度に撤退費用や他の損失を計上させるので、譲渡益は出さないで済みます。
買主と売買契約を結んだので、温浴施設の解体に入りました。その際、近隣の家屋に建物の事前調査を行いました。解体を起因して近隣の家屋に傾きやひびが入って問題になることがあるからです。現状を把握しておけば、問題が明確になりトラブルを最小限にすることができます。調査内容は建具の建付、柱の傾斜、床の水平度、内部外部の壁の状態、基礎や土間の状態、その他家屋の現状の計測・記録の写真撮影です。
また、今回更地の売買契約となっているので、解体業者さんには下記の点に注意して解体してもらいました。
①杭は地中2m以下を残し、2mまでの部分を撤去
②塀、アスファルト、給排水、防火設備の撤去、抜根伐採
③ガラを地中に埋めない
④埋め戻しと整地(宅地として家が建てられる状態)
6.資産リストラの考え方
今回は攻めのリストラ策が結果的にうまくいきました。通常、多くの経営者が最後まで頑張り、どうしようもなくなってから相談に来ます。本件ではSさんの事業も下り坂でしたが、まだ、余力があるうちでした。したがって、銀行から融資を受けテナントで借りていた土地・建物を安く購入することが出来ました。そして、撤退のときはその売却益で、撤退費用を賄うことができました。
一番まずいのは、売り急ぎであり、狼狽売りです。相手に足元を見られて安く買い叩かれます。逆に買う場合は、急ぎません。チャンスが来たら動けばよいのです。チャンスまで待つというのが、投資の基本です。今回はSさんが先を読み、早め早めの決断が功を奏したといえます。
相続で不動産を売却する時、事業の悪化で不動産を売る時は、早めの見切りで傷を小さくしたいところです。分かっていてもなかなか出来ないことです。コンサルタントが中に入り、背中を押してあげるのも仕事の一つです。
このような情報が入ったのも、地域の不動産業者さんが日頃から資産家の方と地道な人間関係を作っていたからです。賃貸管理業をやっていると、細かい仕事で忙殺され、資産家とのお付き合いが疎遠になりがちです。賃貸管理だけではなくて、資産家の管理(信用つくり)を行なうことが大切だと感じました。
今回の事例ではご紹介いただいた不動産業者さんが、たくさんのアシストをしてくれました。依頼者とのお付き合いはもちろんのこと、現場でおきる売主・買主が譲らないトラブルを解決してくれました。現場はコンサルティングだけで動くものでありません。現場・現実の中でその都度解決しなくてはならないことが沢山出てきます。そんなとき、アシストしてくれる不動産業者さんがいると心強いものです。コンサルタントと不動産業者とのコラボレーションはコンサルを行う上で有効な武器となります。
依頼者の感想
以下にSさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
価格査定について
地主さんより土地・建物を購入しないかとの話がありましたが、突然の話でビックリしました。最初は売上も減少しているし、そんな余裕はないものと考えましたが、有利な条件となるのなら、思い切って購入しておくのも良いのかなあと思うようになりました。
こういう時の相場は全く検討がつきませんでしたが、不動産コンサルタントが理論武装して、査定書を出してくれたのでふんぎりがつきました。
その査定書が銀行や売主を動かしたのだと思います。素人が価格交渉するよりはプロに任せたほうが早いということを実感しました。
今後について
20年以上も続けられたのだから、悔いはありません。こういった事業は時代の変化とともに、業態を変えていくのが普通ではないでしょうか?
事業は1店舗撤退しましたが、まだ二店舗あります。今後はその二店舗の経営に注力していきます。また、新しい時代にあった事業に再び挑戦したい気持ちもあるので、チャンスを見つけて、挑戦したいとも考えています。
一番、残念だったのが従業員やバイトさんのリストラでした。それぞれの生活設計があるのでしょうから。長くやってくれた人には退職金を出してやりたいなあと思っていました。売却益が出たので退職金を出してあげることができたのは、わずかながら気持ちの救いとなりました。