連載「実践 事例で考える 学ぶ不動産コンサルティングの進め方(5)」 ~買換え特例を駆使、工場の組み換えにより企業再生を実現~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル
第5回 東京都江東区のAさん
~買換え特例を駆使、工場の組み換えにより企業再生を実現~
金融機関への借金が膨らむも、事業の売上の伸びは期待できません。金融機関からの返済を暗に迫られ悩んでいました。幸いある程度の面積の工場用地を所有していたので、思い切って縮小し売却資金で借金を返済したいと考えていました。ところがそこに重くのしかかる土地含みに対する法人税が、、、。工場を操業しながらの組み換えと税金対策をいかに行なったか紹介します。
<資産組み換え前の現状>
依頼者は・・・
Aさん62歳。当初は東京都江東区で、大手造船会社の下請けを行っていた老舗機械製造業の代表取締役。その後、埼玉県川口市の工業団地に本社を移転し、職人の技術を活かした工作機械を製造していました。近年中国との競争もあり厳しい状況下です。メイン銀行から借金の返済を暗に求められています。
幸い川口市の工業団地の土地は広いのでこの際、土地の一部を処分して経営を再構築しようと考えていました。
資産内容は・・・
土地が約1,100坪。工場面積が約450坪。
その他に先代が東京都江東区に約50坪の個人資産(元本社)を所有していました。
依頼者の要望は・・・
① 川口市の工場用地を一部処分して、銀行へ借金を返済したい。
② あるいは先代が所有している東京都江東区の土地を売却してもらい、先代からお金を借りて銀行へ借金を返済することはできないか。
③ その際の土地譲渡による税金が心配である。税金対策も含め提案してほしい。
コンサルタントから見た課題は・・・
① 川口市の工場用地は比較的規模が大きく1,000坪以上あるため、工業用地としての資産価値は高いが、半分に切り500坪にすると資産価値が目減りしてしまう。
② 半分に切って売却するよりも、むしろ一旦すべてを売却して、近隣に縮小した工場を買う方が手元に残る資金は多くなるだろうが、その場合果たしてそのような都合の良い工場が見つかるだろうか。
③ 東京都江東区の土地は約50坪と小さく、前面道路も狭いため規定の容積率まで使えないので、期待するほど高くは処分できない。
④譲渡したときに発生する法人税を圧縮するために、買換特例をフルに活用したいが、そのためには売却した金額と同等の金額の資産を購入しなければならない。その場合、新たな借金をしなくてはならない。
実際の展開は・・・
①不動産コンサルティング業務委託契約を締結
依頼主の顧問税理士がコンサルタントとして私を紹介してくれたため、コンサル業務委託契約をすぐに締結することができました。その内容は資産の組み換えコンサルティング業務としました。
資産組み換えの企画、売却の代理業務、購入の代理業務、有効活用・その他を付帯する業務としました。報酬となる業務委託料は成功報酬制とし、宅地建物取引業法の報酬を超えない範囲としました。
②三つの企画案を提示
提案1
江東区にある先代の個人の土地を処分し、そのお金で先代に川口の工場用地の一部を購入してもらい、そのお金で借金の一部を返済する。また、川口の工場用地はその約半分を売却し、その売却資金と若干の借入金で川口の賃貸マンションを1棟(ネット8%の利回り)購入して、事業用資産の買換特例を使いながら、会社に不動産収入をもたらす。
提案2
川口の工場用地全体を売却し、同じ工業団地内にある別の工場を購入する。借金返済後の残金で、江東区の先代の土地を借りて賃貸マンションを建設し賃料収入を得る。
買換特例をフルに活用するため、会社の近くの賃貸マンションを全額ローンで購入する。
提案3
川口の工場用地全体を売却、工場は近くに借りることにする。借金返済後の残金で、江東区の先代の土地を借りて賃貸マンションを建設して賃料収入を得る。買換特例をフルに活用するため、都心のビルを購入する。
3つの提案にはそれぞれ一長一短があるので、数値でシミュレーションをしました。つまり、買換後の資産規模、年間のネット収支、借入額、ROA(総資産利益率)、メリット・デメリットをそれぞれ比較検討しました。
③提案2に決定
最終的に提案2をベースに考えて行くことにしました。基本方針として、本業の工場経営が一番スムーズに出来ることを優先したからです。
提案1の場合は、工場用地の半分強を売ってしまうことになるので、工場の面積がかなり小さくなり、工場経営に支障が出ます。提案3は工場を借りるのですが、そうした都合の良い工場を探すことは大変ですし、賃料の負担も大きくなります。手取り収入も少なく、ROAも一番低かったため除くことにしました。
④売却と購入を同時に
工場はつねに動いているものなので、「資産の組み換え」のために運転休止しなければならない時間を最小限にする必要がありました。
川口の工場用地の買い手は東京の不動産業者がタイミングよく見つけて来てくれました。業績が拡大傾向にある製造業者です。たまたま、沿線の線路の拡張によって立ち退きをしなくてはならず、莫大な保証金が入ってくるとのことでした。そのため買主に余裕があり、近隣相場より高くても良いから是非購入したいとの意向でした。
問題は購入の方でした。工場募集の図面を作り、工場の仲介が得意な不動産業者に情報の収集を頼みました。物件は色々出てきましたが、立地・面積・クレーン等の設備面や価格が折り合わず、簡単に見つかりませんでした。川口市にこだわらず埼玉県全体に候補地を広げてみましたが、うまくいきませんでした。買主を待たせていたので、悠長に探しているわけにもいきませんでした。
そうしたとき、川口市の同じ工業団地内の工場で不良債権による任意売却の話が出てきました。立地もよし、設備もよし、価格もよしとなりましたが、面積が小さく外からの見栄えが今ひとつでした。そのため、いったんは断わったのですが、念のため工場の中を見せてもらうことにしました。
すると中は意外に広く、綺麗で、工場内に事務所を作り変えれば稼動できそうなことがわかりました。早速、工場の改装や事務所設置の見積もりを取ってみると予算内で収まることが分かりました。そこで、待っていた買い手には売渡承諾書を、新規工場の売主には買付け証明書をそれぞれ交付して話しを進めることにしました。
⑤買換のスケジュール
平成17年10月に旧工場の売買契約を行い、引渡しは平成18年3月としました。この引渡日までに新しい工場を購入して改装し、事務所も設置して引越しをすることにしました。新工場購入の売買契約は、旧工場売却契約の一週間後に行いました。
新工場の引渡を受ける日は平成17年11月としました。銀行に事情を話し、売却までのつなぎ的な融資を受けました。
11月に決済を行い、大急ぎで改築と事務所を工場内に設置しました。平成18年3月ギリギリに引越しを終え、旧工場の決済も行うことができました。買主の協力があり、銀行のつなぎ資金が出たことが買換実現のポイントでした。
⑥買換の結果
売却金額に対し取得費用は改築費用なども含め約半額で済みました。土地の面積は約半分となりましたが、工場面積はほぼ同じです。むしろ、今までは第一、第二、第三と分かれていた工場が一つに集約されて使い勝手が良くなりました。
売却代金と取得代金の差額で、十分にメガバンクへの借金が返済できます。残った資金でさらに買換を行えば譲渡税の圧縮が可能となります。
⑦譲渡税のシミュレーション
旧工場の簿価は極めて低いため、売却による利益が発生します。法人所有の土地なので法人税がおおよそ42%かかります。そのために、旧工場を単純に売却しただけでは、利益の半分近くが税金で持っていかれてしまう事になります。そこで、買換特例を活用するため新工場を購入。それによって税金を半額にすることができました。
ただ、それでもまだ法人税が発生するので、工場のリストラを機に役員のリストラも行い、退職金手当てを出し、その他の損金も膨らますことにしました。
更に税理士とも相談し、あと1億5000万円程度の買換資産を購入することにしました。そうすることによって、ようやく法人の買換特例をフルに使うことができ税金を80%圧縮することができました。
⑧収益不動産の購入資金を捻出
約1億5000万円の収益不動産を購入するためには資金が必要となりました。旧工場の売却で手元にお金は残りましたが、運転資金のために残しておくことにしました。そこで、株式会社日本政策金融公庫(旧国民生活金融公庫)から固定で低金利の融資を受けることにしました。
融資を受けるためには障害がありました。収益不動産は収益力があるので何ら問題はありませんでしたが、本業が赤字になっていたので、黒字にしていく計画を公庫に示さなければなりませんでした。
そこで当社が依頼主からヒヤリングをしながら黒字化対策をまとめました。経費の削減と、売上の拡大に分けレポートを作成して株式会社日本政策金融公庫に提出しました。
その結果融資を受けることができました。しかし、それでもまだ購入資金が足りませんでした。運転資金を充てるわけには行かないので、先代の江東区の土地を処分し、売却で得た資金を会社が借りることにしました。
⑨江東区の土地を処分
この土地は駅に近かったのですが、面積が50坪と小さく、かつ道路幅が狭いので容積率一杯の建物が建てられません。ワンルームの分譲会社に相談を持ちかけましたが、案の定、どの会社からも規模が小さいということで断わられてしまいました。これでは入札をかけることもできません。
そうした折、私が以前勤めていた会社の取引先だった建築会社が購入したいとの朗報が入りました。ワンルームマンションを建てて転売するとのことでした。早速、売買契約を締結しました。
⑩先代が認知症に
先代はすでに90歳を超えています。認知症にかかり本人の意思確認ができな
い状態となっています。やむを得ず、成年後見人制度を利用することにしました。大急ぎで必要書類を取り寄せ、家庭裁判所への申立書の準備をしました。その書類の膨大さには驚かされるとともに辟易しました。まるで相続が起きたときのような書類の多さでした。財産目録を作り、その裏づけ資料を全部添付しなければなりません。更に収支報告書を作って、本人の生活がなりたっていくことを証明しなければなりません。あたかも法人の貸借対照表と損益計算書を作成するようなものです。その上に後見人は定期的に収支を裁判所に提出しなければなりません。
当社は資産家の財産目録や相続税の試算などには手馴れているのですが、それでもやはり面倒臭い作業でした。裁判所への申立書のかがみは弁護士に依頼し、提出してもらいました。後見人である本人が直接申立書を提出することもできましたが、今回は時間がないので弁護士が代理人として申立てをすることにしました。
3カ月ほどで家庭裁判所の審判がおりました。同時に東京法務局の成年後見選任等登記が申請され登記も完了しました。これで売買契約も決済も成年後見人ができるようになりました。買主さんにはこの間待ってもらうことができ幸運でした。
⑪川口の収益マンションを購入
江東区の土地売却資金と株式会社日本政策金融公庫からの借入金などで川口市の賃貸マンションを買うことができました。駅から徒歩4分、鉄筋コンクリート造で築年数が11年程度と比較的新しいことが魅力でした。電車で東京駅までがたったの23分です。都心への利便性が高いこと、旧所有者がリフォームを施し綺麗にしていたことが購入を決める要因でした。
主な購入目的が買換特例の活用にあったので、このマンションで利益を上げることはあまり考えていません。株式会社日本政策金融公庫の返済年数も、先代からの借入の返済年数も短くして借金を早く返していくことにしました。
⑫最終的には
売却した資産は旧工場と江東区の先代の土地です。購入した資産は新工場と川口市の賃貸マンションです。結果、メガバンクからの借金はすべて返済できました。
事業用資産の買換特例を活用することによって、譲渡に伴う法人税を繰り延べることができ、譲渡時に法人税は発生しませんでした。資金繰りに悩む日々から解放され、新しい工場と事務所で再出発することができました。
幸い、本業も順調に進んでいるようで、Aさんに笑顔が戻りました。
依頼者の感想
以下にAさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
買換をする以前は、本当に苦労していました。夜も寝られない日々が続いていました。月が変わる度に銀行から返済の催促があり、参りましたね。なにしろ、毎月200万円以上の返済をしなくてはならなかったのですから。金利負担というのは大変なものです。
借りていた金額は億を超えていました。そこから抜け出すことができたことがなによりでした。毎日の仕事に追われ、まだ今回のことを振り返っている余裕がありませんが、いずれゆっくり考えてみたいと思っています。正直今は、借金という錘から解放されてほっとしています。
プロの後押しがあったからこそ
あの頃はいろいろと悩んでいました。工場を半分売ろうか、それとも全部売ろうかと。結局、不動産に関して素人のわれわれは重要な判断というものがなかなか出来ません。それは情報がないし、あってもそれを判断する材料がないからです。やはりプロの方が見ていいだろうという後押しがなければ決断は難しいと思います。
あの頃は会長が体調を崩して相談もあまり出来ず、ほとんど事後承諾という形でことを進めていましたが、プロを信じて前向きに考えをまとめていった事が良い結果を生んだと思います。
ワンフロアーが広い工場に移って
こちらに移ってから本当に思うのですが、こういう商売はやっぱり広い器がないと仕事が出来ませんね。ここはたまたま広くて良かったと思います。よく同業者から羨ましがられます。「Aさんの工場は大きいからいい、何でも出来る」と。大量の受注を受けたときでも、部品を外注し出来上がってきたらそれらを工場に並べておいて組み立てて行くわけですが、それは広い場所がないと絶対出来ないことですから。
■ コンサルのポイント その13 借金対策
これからのコンサルの重要な分野はズバリ借金対策です。デフレ経済が進んでいく中でますます借金の重みが増していきます。インフレの時代は経済成長のおかげで多少の失敗も表面化しなかったのですが、これからの時代は失敗が命取りになります。資産家の失敗の多くは借金の仕方の間違いです。キャッシュフローに借金の返済が追いつかないようになったときに起きます。
家賃が下がり、維持費が上がり、金利が上がれば当然収支が悪化します。既存の家賃収入が20%減少しても、そして金利が4%に上昇したとしても賃貸経営が成り立っていくのか試算してみてください。そのシミュレーションで赤字になるのならば早めの対策が必要です。不急・不要の不動産を売却して借金返済に回し、筋肉質の体質に転換することを真剣にアドバイスしてください。大企業が行ってきたリストラを個人資産家も実行する時代が来たのです。
■ コンサルのポイント その14 要望通りに応えない
コンサルタントの仕事は依頼者のために判断材料を集めることです。依頼者から「持っている土地にアパートでも建てたいがどうだろう。」という相談があった場合、効率的なアパートのプランを設計事務所に書いてもらい、建設業者に入札をかければ仕事になるでしょう。ですが、本当にその土地はアパート建築に向いているか考え、最有効使用は何だろうと他の活用方法のシミュレーションをするべきです。平屋の木造のコンビニエンスストアの方が投資金額は少なくてリターンが多いこともあるでしょう。地価が高い所ならば容積率いっぱいに建て、1・2階店舗、3階事務所、4階以上を住宅にした方が良いこともあります。
依頼者のニーズを神様の声として聞くのではなく、依頼者の意向を積極的にくみ取り、あらゆる可能性をシミュレーションして最適案を提供するのが正しいコンサルタントです。
■ コンサルのポイント その15 知恵を搾り出す
従来の知的商売は、たくさんの知識があれば成り立っていました。ところが、1995年を境にインターネットの時代が来てから、知識はパソコンで調べれば分かるようになり、弁護士を始めとする専門家の人達が危機感を持ち始めました。専門家の人々は、知識の他に具体策を提供するコンサルティング的な内容を求められるようになっています。
不動産コンサルタントの仕事も問題解決や企画提案であり、その為には知恵が必要です。参考までに私の知恵の出し方を紹介すると、まずは、潜在意識にまで問題意識を持っていくこと。通勤中、食事中、寝ている時、常に意識し続けます。二つ目に、本を読み人から聞いた知識を、整理し考えを文章にします。それをさらに人に話している間に知恵へと昇華させます。三つ目に、現場に足を運ぶことです。ポイントは何度も行くこと。現場の環境が脳に刺激を与えてくれるようです。最後にリフレッシュすることです。問題意識を持って、沢山考えた後は一度脳を空っぽにします。矛盾する問題を解決する知恵が閃くことがあります。
*『混迷の不動産市場を乗り切る優良資産への組み換え術』(住宅新報社)に収録した事例を基に再構成しています。