連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(16)」 ~相続後の分割協議をコンサルして、資産の組み換えを実行~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
第16回 渋谷区 Cさん
~相続後の分割協議をコンサルして、資産の組み換えを実行~
二次相続の後に起きやすい問題は、兄妹での遺産分割問題です。ここで間違えると兄妹の縁が一生切れて後悔することもあります。単純に不動産を売却して分けるということだけではありません。それぞれの生活設計も考えてあげたうえで、納得のいく提案が必要になります。ここでは、一次相続の分割協議に遡り対策案を提案しました。
-依頼者の状況-
依頼者は…
Cさん 長男54歳
家族構成 母 79歳、妹 52歳
資産内容は…
賃貸一棟ビル 1.5億円(渋谷区)
自宅マンション 6,000万円(妹と1/2づつ共有)
金融資産 300万円
依頼者の要望は…
①母の相続(二次相続)が発生しました。税理士からは相続税はかからないと聞いています。ただ、兄妹で意見が食い違い話はまとまりません。なんとか自分の意向を妹に上手くのんでもらえないか?
②自分の意向は、今まで母親の介護を一人でしてきたことを考えると、母親の全財産を相続するのは当然だと思っています。妹はそれでは納得できないと言っています。
③渋谷の賃貸一棟ビルは老朽化が進んで管理が大変です。この機会にもっと手間がかからず、収益性の高い不動産に組み換えたい。
実際の展開は…
1. 父親からの相続
お祖父さんの代から渋谷区にお住まいのCさん。父親の代の時に自宅周辺が再開発となり、住んでいた一戸建て住宅から立ち退きをすることになりました。移転先として同じ渋谷区内のマンション一戸を代替用建物としてデベロッパーが用意してくれました。また、そのマンションの管理費・共益費・修繕積立金が高いので、その支払いのためにもコンパクトな収益ビルも一緒に代替不動産として用意してくれました。つまりデベロッパーの提案に乗って、住んでいた一戸建て住宅と自宅マンション+狭小ビルに等価交換していたのでした。(形式的には等価交換ですが、手続き上は単純に一旦一戸建て住宅をデベロッパーに売却して、同じデベロッパーから自宅マンション+狭小ビルを購入したということです。等価交換も単なる組み換えの一つの手法に過ぎません)
やがて父親が亡くなり、一次相続では、母親が賃貸一棟ビルを相続し、Cさんと妹さんは自宅を1/2ずつ共有して相続することになりました。
2. 二次相続の発生
その後、母親が身体の具合を悪くし、Cさんは介護に明け暮れる毎日になりました。妹さんは結婚して地方へ引っ越していたため、介護の負担はほぼ全てCさんにかかってきました。Cさんは仕事をパートに替えて献身的に母親の介護をしました。
約12年の介護の後、母親は亡くなりました。Cさんは献身的に介護したので、思い残すことはありませんでした。しかし、仕事はパートで不安定ですし、介護に時間を捧げたので結婚もしていませんでした。それに引き換え、妹は結婚して幸せになっている。たまに看病にきましたが、母親の面倒はCさんに任せきりでした。不公平感を感じるようになったCさんは、母親の資産を全部自分ひとりで相続するのは当然だと考えました。それに対して妹は母親の財産は半々にしたい。賃貸一棟ビルを1億5千万円で売却してそのお金を半々に、もしくは共有で相続し家賃収入を半々にして欲しいと答えました。
法的にはCさんには寄与分があり、母親を介護したことによる貢献度に応じてCさんは財産を多くもらえますが、寄与分は以外に小さくおまけ程度です。全ての財産をCさんが相続することは、妹さんの納得なしには認められません。妹さんの配偶者や友達も「もらえるものはもらわないと損」と妹さんに忠告しました。このように兄妹の意見が真っ二つになり、話し合いは平行線が続きました。
今回、なんとか相続税はかかりそうにありません。自宅の小規模宅地の評価減が使えるうえ、賃貸ビルは建物も古く、土地も小さいので、時価と相続税評価額との乖離が大きく、相続税評価で計算すると基礎控除内に収まりました。時価2億1,000万円に対して、評価は5,000万円+1,000万円×2=7,000万円以下に収まっています。(平成22年4月1日以降は小規模宅地の評価減が厳密化されて、基礎控除も40%減になる予定なので、この資産内容でも相続税がかかります。)
3. 遺産分割問題
残るは遺産分割問題だけです。もはや兄妹の縁も切れそうな雰囲気でした。Cさんの知り合いの税理士さんから当社に紹介があったのはその頃です。そこで、兄妹で話し合いの場を持ち、それぞれの主張を踏まえた上で解決策を考えることにしました。このような相続の問題の時に、参考にしているのは、相続コーディネーター野口賢次さんの提唱する『心をつなぐ相続』と『譲る心と感謝の気持ち』です。絡まった問題の本質を見極め、相続人を幸せに導くことを思い起こさせてくれます。
今回の場合は兄妹の縁を守ることが第一です。お互いに相手に感謝することを冷静になって考えてもらいました。兄は無償で家に住み続けることを許してくれた妹への感謝。妹は母の介護をしてくれた兄への感謝。お互いに感謝の気持ちを思い出し、ふたりは冷静さを取り戻しました。母親の介護を12年間も務めてくれた兄に感謝の気持ちを表して、妹は母親の相続を放棄しました。
しかし父親の一次相続の時に自宅マンションは兄妹で1/2ずつ相続しています。ところが、利用していたのは母と兄でした。妹には名義だけ半分あったとしても、何らの経済的貢献をもたらしていませんでした。そこで、この自宅マンションを売却して、現金にして分けるという提案をしました。二次相続はあきらめるものの、一次相続の相続財産を現金化しようというものです。
4. 具体的手順は次のとおりです。
1) Cさんが母親から相続した賃貸一棟ビルを売却
2) 売却資金でCさんの自宅マンションを購入
3) Cさんが新居に引っ越したあと、自宅をリフォームして売却
4) 自宅の売却代金を兄弟で半分ずつ分ける
まずCさんが相続した賃貸ビルを売却することにしました。こちらもだいぶ老朽化していますし、管理が大変です。そこは幸い地域の再開発計画があるので、開発利益もプレミアとして乗せ、その点をアピールして購入者を見つけることができました。結果的には相続税評価の1.5倍で売却することができました。その後、Cさんの住むマンションを探しました。Cさんの今住んでいる自宅マンションは大きく、管理費・維持費がかかります。賃貸ビルを売却したお金で都内に新築のコンパクトなマンション2LDKを購入し、そこにCさんは引っ越しました。
その後、空家になった自宅をリフォームして6,000万円で売却しました。妹さんには6,000万円の半分、3,000万円を渡しました。妹さんにとっては母と兄が住んでいて、家賃も入っていなかった自宅が、現金化できたので、ハッピーです。妹さんは子供の教育費に頭を悩ませていたので、思わぬ教育資金になりました。Cさんにとっては新築のマンションに移り住むことが出来て心機一転、新しい生活が始められました。
賃貸ビルは思ったより高く売れたので、自宅マンションを購入した後に余ったお金で区分マンションを3戸購入しました。事業用資産の買い換え特例を利用したので、譲渡税はほとんど払わずに済みます。1戸平均約15万円の家賃収入があります。2割経費を引いても毎月36万円入ってきます。老朽した賃貸ビルを運営していた時は修繕費の出費が多く、毎月の収支は30万円に届きませんでした。組み換えて、手取りも増えたことになります。買換え資産からの安定した家賃収入で生活設計もしやすくなりました。
今回、コンサルが行ったのは、遺産分割で揉めそうだったCさんと妹さん双方の言い分を聞いて、感謝の気持ちを思い起こさせたことでした。相続が関係する案件では、肉親ということもあり、実務的なことだけでなく気持ちの面でもフォローが大切になります。ただ依頼者に金銭的に得をさせるだけでなく、兄妹・肉親の縁などメンタルの部分も理解した上で、提案しなければなりません。技術論より、ソフト面が重要なコンサルでした。
妹は一次相続の資産が現金化できハッピーに。Cさんは新しい自宅と収益不動産を手に入れハッピーです。お互いにWIN・WINの関係になりました。
また、相続コンサルで揉めないようにする為には、予めの分割対策をしっかりすることですが、今回の様に一次相続に遡っての分割対策をすることもあります。
肉親間の確執は、関係が近いだけに一番難しいです。コンサルタントには銭勘定より感情のコントロールをすることが重要です。「譲る心と感謝の気持ち」を忘れずに依頼者にとっての最善の提案を心がけたいと思います。
依頼者の感想
以下にCさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
具体的な解決で先が見えた
最初、税理士さんに相談しましたが、不動産のことも関わってくるのでなかなか具体的なアドバイスはありませんでした。税理士さんの紹介で不動産コンサルタントに相談したら先が見えました。八方塞がりに感じられていた状況でしたが、問題を一つ一つ解きほぐしてくれて感謝しています。
感情も踏まえたコンサル
介護に疲れていて妹には言いたいことを言ってしまいました。第三者が間に入ってくれて、自分の気持ちが整理できました。兄妹の縁を切ることにならなくて良かったです。間に入った人が、自分のことだけを考える人だったらと思うとぞっとします。賃貸ビルも自宅も自分ひとりで相続すれば資産の面では得をするかもしれませんが、妹との縁は切れていたでしょう。
全体を見てのプロの方向性を示してくれて助かりました。お金が絡むので、自分たちだけで解決するのは難しかったです。兄妹は身近な存在なので、素直な感情を持ちやすいのが厄介でした。
今後の生活について
なにより賃貸ビル管理の煩わしさから解放され、自由な時間が増えたことがうれしいです。さらに介護の支出で貯金もできなかった状態から、3000万円の金融資産ができて経済的な不安からも解放されました。
人生を楽しむ時間と経済的な基盤できました。かつての絶望感がウソのようです。新しいマンションは快適ですし、生活費は無借金で購入したマンションが稼いでくれます。自分もあと10年くらいはフルタイムで働けるでしょう。その後はマンションが稼いでくれます。今は母と妹に感謝しています。
■コンサルのポイント その43 相続アドバイザーのお勧め
相続に関連する仕事は様々な分野が関わってきます。その全てを一人で網羅するのは不可能なので、それぞれの専門家とタッグを組んで問題を解決していきます。司法書士、税理士、不動産鑑定士、建築士、行政書士、弁護士、測量士、土地家屋調査士、不動産コンサルタント、とその実務家達などです。
ところが、これらのプロの方達も相続の事に精通している訳ではありません。相続の案件の際には、それぞれの専門家の中でも“相続”についての一定の理解のある者が行なうと失敗が少なくなります。相続の案件はそれだけデリケートなことなのです。
相続について勉強したい人には「NPO法人 相続アドバイザー協議会」を利用されることをお勧めします。この団体はそれぞれの分野で「相続の専門家」を育成する協議会です。相続に関し悩んでいる、困っているというお客様のために、相続の専門家が全国に広がり、身近に気軽に相談することができるようになること、また協議会の各分野の専門家とのネットワークを活かしてより最適な方法で問題を解決することを追求し、お客様とのパイプがより太くなり信頼関係が深まることを目的としています。
相続アドバイザーとなるには1講座(2時間)×20講座の80%以上の本講座受講が条件です。単に税務・法務の知識だけでなく、分割・納税・節税・資産管理・経営・金融といった各方面からの幅広い実務講座を通して、お客様にとって最善の相続のあり方をアドバイス出来る専門家育成を目指しています。また、この協議会を通じて相続に関連するネットワークを持つことができます。もちろん相続の案件を扱う際には、非弁行為に当たらないようにくれぐれもネットワークを組んでやることも重要です。
これから迎える高齢化社会を考えると相続は単に一部の資産家だけの問題ではなくなります。お客様は何処へ誰に相談して良いのかわからない方もたくさんいます。相続に関して幅広い知識を身につけることで、お客様の話を聞くことが出来、気軽に相談できる窓口となります。依頼者は、その当事者になったつもりでやってくれているのか、きちんと持っている知識・経験を活かしてやってくれるのかはなんとなく肌感覚で察知します。相続を自分の仕事(商売)のキッカケにするのは一向に構いませんが、事実を曲げ強引に自分の商売に結び付けようとするのは駄目です。そういったインチキコンサルが増えると業界の評判が悪くなるので注意が必要です。
相続時には不動産も動くので、コンサルティングの報酬の他に、不動産の仲介手数料も期待できます。不動産コンサルタントにとって相続は今後確実なる成長分野です。
■コンサルのポイント その44 本気度で勝負
ものすごいスピードで出世する人が、私が長年勤めていた大手ハウスメーカーにいました。その人は社長に直談判することも厭わず、重大な局面で自分の意見が通らないと「辞めます」と言い切りました。それがポーズでなく本気なので、周りが「ちょっと待て。そこまで考えている案ならやってみろ。」となります。その仕事がうまくいき、出世する。この繰り返しのスパイラルでどんどん出世していきました。
実は上司もお客様も企画提案書の細かい内容までは分からないのです。どこでその企画書を判断しているかというと、担当者の本気度を見て判断しているのです。本気で仕事をしている担当者だと細かい所にも目が配られていて、リアリティのある提案書を作ります。他と少しでも差をつけようとして、様々な工夫をしています。準備はここまでやるかというぐらい周到です。その準備にかけたパワーはしっかりと伝わります。
普通の人と経営者やこのような人の違いは、本気のスイッチが入っているかです。志があるから本気のスイッチが入る。本気のスイッチが入るから成功する。能力というよりは、むしろ本気度です。本気の人はお客様の立場から真剣に考えます。周りの人々もその気持ちに動かされ、協力してくれます。お客様本位の提案の為には周りに妥協せず、わがままでもいいと思います。周りと妥協しながらやっていてもビックにはなれません。
私もサラリーマン時代、上司とケンカして首になったとしても、イザとなれば鞄を持って住宅の営業マンをやればいいと思いながら仕事をしていました。そういう気持ちだったので自由に意見が言えました。経営者も自分がそうだったからか、わがままでも本気のスイッチを入れて仕事をする人が好きなのです。
コンサルタントは、会社のルール、目標、ノルマに縛られないで依頼者の方を向いて自分の信念に基づいた提案ができます。そしてその姿勢を貫けば成功につながります。
■コンサルのポイント その45 心を動かすプレゼン
財務分析、市場分析を綿密に行なった自信満々のプレゼン資料を作成し、お客様に発表しました。が、お客様の反応がイマイチな時がありませんか?それは、お客様の心を動かせていないからかもしれません。
コンサルタントは結論を導く為に沢山の情報収集をして、整理し分析します。それが結構大変なので、苦労して集めた情報や分析結果を大量に提案書に載せて、お客様にアピールしてはいないでしょうか?根拠も重要ですが、お客様が知りたいのは結論です。その企画を実行した結果、自分の生活・資産内容がどうなるかが知りたいのです。根拠は添付資料にすれば良いのです。提案書を出して、「ふーん、それで」で終わってしまってはコンサルタントとして失格です。お客様が実行し、成功して初めてコンサルの仕事です。その為にはお客様の心を動かさなくてはいけません。人間は頭で理解するだけでは動きません。感情・意思が伴って、初めて行動に移します。数値だけではなく、お客様の頭の中にイメージが浮かび、行動に移せるようにしてあげるプレゼンが必要です。
実行に移してもらうプレゼンの方法は①ありきたりな単語での説明に止まらず、それを実行するとお客様に実際どのような変化・改善があるかを生活に密着した例であげます。「無借金」→夜ぐっすり眠れる。「安定収入」→値札を見なくて買い物ができる。「贈与」→お嬢さんやお孫さんから喜ばれる。「街づくり」→地域の名士として、周りからの尊敬が得られる。「不動産の組み換え」→老朽化に伴う管理の煩わしさから解放される。などです。
②美しい心に訴えることも必要です。人間には「人の役に立ちたい」という気持ちが実はどんな人にもあります。もともと持っているそれを、こちらがうまく引き出してあげます。例えば、地域貢献、社会貢献、家族・相続人孝行、経済活性化、熱意のある担当者の期待に応える等々を提案の結果や副産物として盛り込んであげると、お客様はそのプランを実行したいという気持ちになります。
③前向きな姿勢をキープします。明るく・楽しく・前向きなイメージを頭の中に作ってもらえるようにプレゼンを工夫することです。同じ事実を伝えるのでも、言葉の使い方一つでイメージが全く違ったものになってきます。否定語・反対語を使わない言い回しにします。声も明るく自信を持ってはっきり話すと、お客様も安心できます。
お客様の感情(心の動き)に配慮したプレゼンを行い、「心を動かす→決断→行動→成功→感謝」の連鎖につなげましょう。