連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(14)」 ~相続税大増税時代、自宅の小規模宅地の評価減の活用方法~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
第14回 神奈川県横浜市 Kさん
~相続税大増税時代、自宅の小規模宅地の評価減の活用方法~
平成23年度から相続税が増税になりそうです。小規模宅地の評価減の厳格化に加え、基礎控除の削減と生命保険の控除の範囲が縮小されました。マイホームを所有しているだけで相続税の課税がされることが増えてきます。
そこで、マイホームだけの資産家にも必要な相続対策と資産運用について、その具体策を事例で紹介します。
-依頼者の状況-
依頼者は…
Kさん 被相続人 母 85歳
相続人 長女 62歳 長男〈依頼者〉58歳
資産内容は…
①一戸建て(横浜市)
②預貯金 2,000万円
依頼者の要望は…
① 税制改正によって、自宅の相続にも相続税がかかってきそうだ。実家を他人に貸して賃貸住宅用地として小規模宅地の評価減を受けるようにできないか。
② その場合、貸家の需要はあるか。増改築費用はどのくらいかかるのか。
③ それともアパートに建替えたほうがいいだろうか。
実際の展開は…
1. 空き家になった実家に相続税が
Kさんは公認会計士です。東京都内のマンションに妻と2人の子どもとお住まいです。
Kさんには85歳のお母様がいます。気丈なタイプで、ずっと横浜の一戸建てでひとり暮らしを続けていましたが、蜘蛛膜下出血で倒れ、介護付きの有料老人ホームへ移りました。
母親の病状も落ち着き、ほっとしたのもつかの間、空き家になった実家は草が生い茂り、近所の方から「このままでは物騒だからなんとかしてほしい」という電話が入りました。また、有料老人ホームには毎月20万円かかり、母親の年金だけでは足りません。
公認会計士という職業柄、平成22年度の税制改正で自宅に関わる小規模宅地の評価減の適用条件が厳しくなることも承知していました。小規模宅地の評価減は同居しているか、生計を一にしていて相続後相続した家に住むことです。この条件を満たせば、土地の評価が240㎡まで80%下がりますが、Kさんの場合はそのどちらでもありません。
このままで相続が発生したら相続税がかかってきます。そこでKさんは、当社に対策を相談しました。
2. 貸家にしても相続税は下るが……
母親の財産は8000万円の自宅と2000万円の預貯金です。
まず、相続税を試算してみました。小規模宅地の評価減が使えなければ、数百万円の相続税がかかります。自宅を貸家にすれば、小規模宅地の評価減が使えるので、土地の評価が200㎡まで50%下がり、相続税は数十万円に下ります。アパートに建替えた場合は土地の評価が全体で18%下がり、建物の評価が約60%下がるため、相続税はかかりません。「相続税」対策としてはどちらも有効です。
しかし、資産形成や遺産分割という面からも検討しなければ、ベストの選択はできません。実家は最寄り駅から徒歩20分。近隣のアパートは最近空室が増え、家賃を値下げしてつなぎ止めているケースもあると聞きます。「50代後半で借金に縛られたくない。デフレが続けば借金の重みも増すでしょう。アパート建設は断念します」とKさん。賢明な判断だと思います。
「将来の需要が見込めない立地ですし、ネット利回りは建物に対して7%、土地代も含めれば3.5%。リスクに対してリターンが低すぎます。節税を追いかけるとなぜか利益は逃げていくのですよ」と話しました。Kさんも職業柄、直感的にそう感じ取っていらしたようです。
3. マイホームの相続対策
では、どうすれば相続税対策ができ、かつ資産形成、遺産分割もうまくいくでしょうか?対策を挙げていきました。
第一に考えられるのが、小規模宅地の80%評価減を使えるようにすることです。小規模宅地の評価減を適用するためには生計を一にする必要があります。生計を一にするというのは同居して、家計を一本化することです。今さら同居は無理だという場合には、二世帯住宅や三世代住宅に建て替えて、プライバシーを確保しながら、生計を一にすると良いでしょう。親から孫への贈与にも対応できます。親、子供、孫の共有名義にしても良いでしょう。親の財産が相続税評価の低い建物に変わり、小規模宅地の評価減で土地の評価が80%減額になれば、相続税が0になることもあるでしょう。
第二に考えられるのが、自宅を借家にすることです。例えば、Kさんの場合のように、既に父親が亡くなっており、母親が高齢者施設に移ったとします。空いている自宅を他人に貸せば、賃貸事業用として小規模宅地の評価減が適用され、200㎡まで土地の評価が50%減額されます。さらに貸家建付けとして、約20%の土地の評価が下ります。建物の評価も30~40%下ります。
敷地に余裕があれば、思い切ってアパートに建て替えることも良いでしょう。貸家にするのと同じく上記の評価減は使え、収入増も期待できます。
第三に考えられるのが、資産の組み換えです。
財産分けのことも考えると、アパートを建てるのでは無く、自宅を処分して賃貸中の区分マンション複数に組み換えるという方法も有効です。
例えば、9000千万円で自宅を売却して、3000万円の区分マンション3戸に組み換えます。家賃が1戸あたり、十数万円入ってきます。これで、母親の高齢者施設の費用を払います。1戸分はお小遣いです。もう1戸分は子供に贈与しても良いでしょう。相続税の評価は貸家やアパートと同様に減額になります。そして相続後は兄弟で仲良く区分マンションを持つことができます。入居者が退出したら、孫のマイホームにしても良いでしょう。マイホームの売却には税制上の優遇措置があります。まず3000万円控除が使えます。さらには譲渡益が3000万円超、6000万円以下の部分に対しては低率分離課税の適用があり、20%の税金が14%で済みます。
自宅を貸家にしていた場合には、事業用資産の買換え特例が使え、課税を80%
繰り延べすることができます。
このように資産税を知り尽くすことによって、賢い相続対策と資産設計が可能となります。各種税制上の特例には細かい適用条件があるので、実施にあたっては税理士などの専門家に確認することをお勧めします。
① | ② | ③ |
④ |
⑤ |
|
対策 | 同居する | 二世帯住宅 | 貸家 | アパート | 組み替え |
具体策 | リフォーム | 建て替え | リフォーム | 建て替え |
売却+ 複数マンション購入 |
投下資本 | ○ | × | △ | × | ○ |
小規模宅地の評価減 |
◎ ▲80% |
◎ ▲80% |
○ ▲50% |
○ ▲50% |
○ ▲50% |
貸家建付地の評価減 | × | × |
○ 200㎡まで |
◎ | ◎ |
収入 | × | × | ○ | ◎ | ◎ |
換金性 | ○ | × | ○ | △ | ◎ |
遺産分割 | × | × | × | × | ○ |
将来価値 | ━ | ━ | ━ | ━ | ○ |
メリット | 手軽 | 新築 | 手軽 | 収入 | トータルバランス |
デメリット | プライバシー | コスト | 借家権 | 借家権 | 土地売却 |
4. 思い切って実家を売却。その効果は?
以上の対策を考えた上で、Kさんには、実家を売却して、その資金で都内の入居中の中古マンションを3戸購入することを提案しました。
Kさんは目を丸くしました。実家の売却は考えていなかったのです。
「母が承知するかどうか……。それに、なぜ都内の中古マンションを?」
「理由は3つあります。第1に、入居中の中古マンションならすぐに家賃が入ります。老人ホームの費用をまかなっておつりがきます。第2に、相続が発生しても遺産分割が容易です。たとえば、Kさんが2戸、お姉さんが1戸を相続し、現金は話し合いで分ければいい。第3に節税効果もあります」。
付け加えますと、築10年経ったマンションはその先あまり価格が落ちません。これは統計的にも実証されています。建物管理は管理組合と管理会社がやってくれるので手間もかかりません。
「それはいい。家賃はどのくらいですか」
「1戸16万円くらいでしょう。ファミリータイプなら実需もあります」
「譲渡税も節税になるのですね」
「ええ、マイホームの売却は3,000万円の特別控除が使えます。3,000万円の利益までは非課税で、3,000万円から6,000万円の部分は定率分離課税で14%。ご自宅の売却益は4,000万円と見込まれますから、譲渡税は140万円です」
「相続税は?」
「7,500万円のマンションの相続税評価額は2,500万円。金融資産と合わせても4,200万円で、基礎控除4,200万円以内(3,000万円+相続人2人1,200万円)に納まるので相続税はかかりません」(※平成23年度 法案成立を前提に計算)
「将来、売却できますか」
「入居中であれば投資商品として売れますし、入居者が退出した際に不動産市場が好況なら、一般ユーザーに売却してもいいです。市況によっては購入価格より高く売れる可能性もあります。入居中のマンションは割安に買えるので、入居者が退出されたときは売却のチャンスです」
「そうか、収益力、換金性、節税効果、全部揃っているんですね」
5. 「円満な相続」と「経済的ゆとり」を実現
Kさんは提案を早速実行に移されました。お母さんが亡くなられると、残されたマンションをKさんが2戸、お姉さんが1戸相続し、金融資産は半分ずつ分けて円満に相続を終えました。
Kさんには毎月32万円の家賃が、お姉さんには毎月16万円の家賃が入ってきます。無借金経営なのでなんの心配もありません。
Kさんは今、月々32万円の家賃収入の投資先を考えています。
依頼者の感想
以下にKさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
自宅の組み替えについて
最初、福田さんから自宅の売却を提案された時はびっくりしました。が、考えてみると私も姉ももう別に住んでいますし、思い出はありますが、ただ残しておくよりも有効活用した方が良いと思いなおしました。収益不動産に組み替えたおかげで母親の老人ホームの費用も賄えたので、妻も姉も精神的に楽に母親の介護が出来たと思います。
早めの対策を打つ
アパートや貸家にして兄弟で共有していたら、建物の管理、ローンの負担、将来の相続など問題を先送りするところでした。実は資産の組み換えを母に相談したとき、『お前がそう思うのなら好きなようにしなさい』と言ってくれたんですよ。これで踏ん切りがつきました。すべての点で満足しています。
また、相続前に対策を打てたことも良かったです。分けやすい財産にしたおかげで円満に相続が済みましたから。
■コンサルのポイント その40 セミナーに参加する
セミナーに積極的に参加してみることをお薦めします。講師は本を執筆している方も多く、その本を読めばセミナーに参加しなくて良いという方もいると思いますが、それはもったいない話です。本、雑誌、業界紙などを読むことは勉強になりますが、文字情報には制約があるのです。守秘義務があるので、現場でおきている生々しいエピソードをリアルに伝えることにはどうしても限界があるからです。ましてや固有名詞や数値などの具体的な情報など持ってのほかです。その点、参加者が限られているセミナーでは、そうした本などに書けない具体的なエピソードが聞けることがあるかもしれません。
また1~2時間で本一冊分のエッセンスやポイントがつかめ、時間の節約にもつながります。疑問が浮かんだら、その場で直接講師に質問することもできます。また別の参加者の質問を聞くことによって、同じテーマでも目の付けどころが違う発想を知ることが出来たり、その答えを自分で考える事によって講師の立場からの視点に気づくかもしれません。一人で本を読む時とは違った深さで学ぶことが出来ます。
このようなセミナーに参加するにあたって重要な事は、目的を持って参加することです。何をこのセミナーから自分は学びたいのか前もって意識してください。単に受け身で知識を得るといった参加の仕方ではなく、自分のテーマに役立つヒントをつかみにいく、もしくは自分の考えをまとめにいくといった目的意識を持った参加の仕方が良いと思います。やみくもに講師の話をメモするのではなく、講師の話から刺激を受けて自分で気がついた発想をメモするのです。この様な意識でセミナーに参加している人は、有意義なセミナーの活用が出来ていると言えるでしょう。
副次効果として思わぬ人脈が出来ることもあります。同じテーマに興味があり、かつ勉強熱心な人同士が集まっているので、よくある異業種交流会よりもつながりが出来やすいでしょう。
このようにセミナーはどんなに忙しくても時間をつくって行く価値があります。たとえ数万円のセミナー費用でも、自分への投資だと考えて興味あるものにドンドン参加してみましょう。
「書く」ことと「話す」ことはコンサルタントの必須要件でもあります。セミナーの中身もさることながら、講師から「書く」「話す」と言った技術を学ぶことももう一つの効用です。
■コンサルのポイント その41 定年後はコンサルタントに
定年退職後、独立してコンサルタントを行なう人々が増えてきます。お金はかけず、自宅で個人事業主として始めます。今までの人脈を活かす場となります。すでにマイホームもあるし、子供が独立しているのでお金はかかりません。毎月25万円以上の年金収入があるので、生活は十分にやっていけます。借金もないので気が楽です。ノルマもありません。就業時間も自由です。長期休暇も取れます。イヤな仕事なら断わっても構いません。無理やり契約に持ち込む必要はありません。依頼者本位の仕事ができます。その姿勢がお客様にも受けるでしょう。誰しもこのような充実した生き方が可能なのです。
私のお取引先で65歳になる建築士が意気揚々と話してくれました。「このたび定年となり、名刺が変わりました。改めてよろしくお願いします。」名刺には一級建築士と書いてありました。会社員時代には組織の一人として働いていましたが、これからはネットワークを使っての仕事です。会社の看板がなくなります。元○○会社などと書くこともできません。個人の信用が全てです。ですがきっと成功するでしょう。なぜなら、無理やり仕事を請ける必要がないからです。事務所経費や事務員の給与を支払う必要がありません。動かなければ、経費ゼロです。売上がゼロでも構いません。世のため、人のためという気持ちでのんびりやればいいのです。
自分にはそんなに能力がないと思っている方でも心配ありません。長年培った専門能力があれば十分です。自分の専門領域外は他の専門家と組んでやればよいからです。
ネットワークの仲間に入れてもらうための条件はコミュニケーション力です。約束が守れる。時間が守れる。納期が守れる。話が伝わる。ウソがない。など当たり前のことが当たり前にできれば問題ありません。要は人に迷惑をかけることなく、自分の専門能力が他人に活かせればよいのです。
定年退職者がコンサルタントになる場合、人材育成を通して世の中に貢献できるという利点があります。今まで培ったノウハウを若い人達に伝達していくのです。OJT、勉強会、講演、投稿、出版など方法は様々です。定年後に無理やり趣味を作るよりも、昔取った杵柄を活かしながらコンサルティングを行なうほうが、よほど充実した人生が送れるのではないでしょうか?
■コンサルのポイント その42 期待値を意識する
九州へ旅行に行った際部屋での夕食を終えた時のことです。仲居さんから「この後メニューにはないのですがお汁粉をお出しします。夜中小腹が空くでしょうから召し上がってください」とのおもてなし。そんな対応は期待していなかったので満足します。旅館を出る時には「お食事中お茶が美味しいとおっしゃっていたので、同じお茶を買っておきました。」といってお土産を渡してくれるではありませんか。これも予期せぬサービスにサプライズです。
またロビーでお迎えのバスを待っていると、注文をしていないのに喫茶の方が来て「梅昆布茶です。どうぞ」と出してくださいました。朝食の後だったのでさっぱりして大変美味しくいただきました。評判の良い旅館なので、私の期待値は高かったのですが、それを超えるサービスに満足したのです。
このように満足度は、お客様の頭の中にある期待値との比較で決まるのです。期待値と同じであればまあまあ。期待値より少しでも低ければ不満。期待値より少しでも高いと満足ということになります。資産家の我々不動産コンサルタントに対する期待は、元々あまり高くはありません。なぜなら、いつも業者の売り込みでヘキヘキしているうえ、士業のアドバイスも自分の専門分野に偏った話が多くて的を得ていないからです。いつも不満の中にいるから、依頼者本位の視点を入れて話をするだけで満足いただけるのです。しかしながら、依頼者の期待値は都度上がっていくものです。会う毎に期待値を超える提案をし続けていくことは、しんどいものなのです。建築コンサルティングを例にあげて説明しましょう。
敷地条件、市場調査、建築法規などの前提条件をクリアーした提案は当たり前なので期待値内の仕事です。そこに、依頼者の思いやこだわりを組み込んでこそ期待値以上ということになるのです。
それまでの会話の中から推測し、それを形にして提案します。まだ、こだわりをよく理解していない場合には3プラン持って行きます。1プランしか持ってこないだろうと思っていたところへ3プランの提案を受けたのならば、それだけで期待値を超えたことになります。次のプラン提出では、頭をフル回転させ新たな改善点を3つ付け加えます。
期待値は少し超えればよいのです。ちょっとした期待値超えの積み重ねが鉄板の信頼につながるのです。ただし、期待値を下げるような布石を打ち、楽をして期待値を超えることは邪道です。ただ期待値を闇雲に上げすぎないようにすることはできるでしょう。悪い話は早めに伝え、良い話は隠し玉にしておきましょう。