福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル
第10回 東京23区内 Iさん
~借地の問題を中立的な立場のコンサルタントが間に入り解決。生命線となる底地・借地権の価格査定~
東京都23区内に広い土地を所有されているIさん。江戸時代から続く大地主です。戦後の農地解放によって所有農地は減りましたが、地元の有力者であることは変わりありません。今から50年以上前に貸した土地をめぐるトラブルが続き、一時は解決をあきらめていました。中立的な立場の不動産コンサルタントの活用と底地・借地権の価格査定が鍵となって解決した事例を紹介します。
-依頼者の状況-
依頼者は…
Iさん60歳。
資産内容は…
東京都23区内に
①自宅 約1,000坪
②貸地 約500坪
③土地 約2,000坪
④テナントビル 2棟
依頼者の要望は…
50年前、父親の代に貸した土地の借地人が賃料の増額に応じないだけでなく、更新料も払っていない。安い地代のまま貸していたのでは何もメリットがない上に、相続税の評価は高いまま。息子や娘に問題を引き継がせたくないので、自分の代のうちに解決しておきたい。
実際の展開は…
1.戦後の農地解放
Iさんは、東京23区内に広い土地を所有されています。というのも、ご先祖は関が原の合戦から徳川家康とともに江戸に移り、それ以来の大地主です。江戸時代には庄屋だったのですが、家康が鷹狩を楽しんだ後は必ずI家に立ち寄って、お茶を飲んでいったという言い伝えもあります。そして明治時代になってからは、いつも一族の誰かが村長を続けられていたこともあって、村役場もIさんの屋敷の中に設けられていたというほど。しかし一族で20万坪にも上った所有農地は、戦後の農地解放によって殆ど失うことになります。
とは言え、地元の中堅企業を創業するなど、地域の産業振興にも尽力していたI家は、その理事長を一族で創業以来代々続けて現在に至っています。さらに、農地以外の土地も少なくありません。今でも、やはりそのエリアの大変な実力者であることには変わりがないのです。
2.安易な借地契約
昭和31年と言えば、今から50年以上も前になりますが、Iさんのお父さんが中堅企業の理事長をされていた時のことです。若い歯科医師が、「この土地で病院を開きたいと」言って接触してきました。
「地元に病院があったらいい」と考えていたIさんのお父さんは、その申し出を大いに歓迎し、病院と宿舎を建てるための土地を権利金なしで貸すとともに、同時に彼を中堅企業の理事にも迎え入れたのでした。それが、後にI家にとって大きな悔恨の種となろうとは、そのときは誰も考えてもいませんでした。
しかし、それから間もなくして、トラブルが始まります。当時の中堅企業の理事は、Iさんから農地解放で土地を譲り受けた人たちで構成されていたのですが、その理事たちと歯科医との間に大きな溝ができていきます。「医学博士のインテリということもあって、農民出身の理事たちを馬鹿にしたんだろうね」というのがIさんの分析です。
そこで理事長であったお父さんが、この歯科医を理事から解任します。しかし、そのことで、貸した土地をめぐるトラブルにまで、問題が広がっていくことになりました。
具体的には、それ以降、その歯科医は地代の値上げにも一切応じなくなります。昭和49年頃から固定資産税が高くなり、その支払いを考えると、地代収入では赤字になるような事態にもなってきました。しかし、その分の値上げにさえ応じてくれないのです。
しかも昭和51年からは、契約の更新料も支払われなくなります。
Iさんのお父さんもすっかりヘソを曲げてしまって、この歯科医との交渉をあきらめてしまいました。
3.賃料増額請求
この過程では、Iさんも地代値上げを求める裁判を起こしました。駅前ロータリーの横に位置する一等地でありながら、地代は固定資産税程度でした。利用価値からすれば、固定資産税の3倍程度の賃料は要求できるはずであると思ったからです。ところが当時は賃料抑制主義の傾向があり、地主側の要求はなかなか通りません。しかも、袋地所だから地代は安くても当然という判決が下ります。
確かに、その歯科医に貸している土地は、道路に面していない袋地所です。しかしそれには理由がありました。以前に、道路に面した手前の土地をこの歯科医に売却しているからです。奥の側から売却すれば、このような問題は起きなかった、と言えばそれまでですが、歯科医にとっては袋地所のデメリットは何もありません。しかし、裁判では杓子定規に解釈されるのでしょう。結果的にはIさん側の主張は認められなかったわけです。
「当時の借地法は第二次大戦中の東条内閣のときにつくられたもの。出征兵士が安心して戦争できるように、『留守宅の家族を守れ』というのが、この借地法の目的だったんだけど、それが今の時代でも杓子定規に適用されるからね」と、その背景をIさんは分析します。
その弊害から、その後、定期借地権や定期借家権が誕生するのですが、このIさんのケースでは、昭和31年の契約ですから、当然、旧借地法での契約です。
こうして、事態は膠着状態に陥ってしまいました。
私がIさんと知り合ったのは、ちょうどそんな時でした。日経新聞に、私が当時在籍していた住宅メーカーで取り組んでいた、「オーダーリースホーム」という仕組みの紹介記事が載りました。それを読まれたIさんは、すぐに日経新聞に私の連絡先を問い合わせて、その日のうちに「会いたい」と連絡をくださったのです。
「直接には、この土地の問題とは関係なく、土地活用の様々な手法を勉強したいと思っていたから、福田さんのオーダーリースホームという発想が面白いと感じて会ってみたくなったんです」と、その理由をIさんは説明してくれました。
4.建替え承諾
そうして直接会ってお話しするうちに、ある時この土地のことが話題になりました。加えて時代の変化が、この土地を巡る事態の膠着を突き動かします。つまり、歯科医院の経営が競争激化と少子化の波を受け、以前と比較すると厳しくなってきたのです。そこで歯科医側から、医院の木造の寮を壊して高層のマンションを建てたいという動きが出てきました。
当然のごとく、Iさんは承諾することはできません。賃料の増額に応じないだけでなく、更新料も払っていない借地人に良い返事ができない気持ちも理解できます。借地人は弁護士に相談し、借地条件の変更と増改築許可の申し立てをすれば、裁判所が認めてくれることを知ります。そして早速、申し立てを行ったのです。
しかしながら、ある意味これは、この膠着した土地問題を解決するチャンスでもあります。Iさんにとっても、このまま安い地代のまま貸していたのでは何のメリットもありません。所有価値が少ないにもかかわらず、相続税の評価も高いままです。歯科医側は、このまま継続して借りたままでも、合法的にマンションへ建て替えることができます。その場合、歯科医側は契約を更新しなければなりませんが、旧借地法ではIさんの側にそれを拒否する権利はありません。裁判になっても、更地価格の約10%の更新料だけで契約が更新できることになるのです。ですから、このタイミングを活用して、何とか適正な価格で相手に買い取らせることが、Iさんにとっても有利だし、それが可能だと判断したわけです。
一方、相手の歯科医側は、借地のままでもマンションは建てられるのですが、そのままでは権利関係が不安定です。また、金融機関も借地に対しては消極的になりがちです。資金の調達の上でも買い取り、権利関係を安定させておいた方がいい、という判断があったようです。
5.不動産コンサルタントならできる、地主・借地人の双方の仲裁
Iさんにしても借地人にしても、底地を売買して権利関係をすっきりさせるほうが得策であることは理解しています。しかし、問題は当事者同士が交渉の席に着きにくいことです。とりあえず、地元の知人の不動産業者に底地の売買について相談し、骨を折ってもらったのですが、価格面での折り合いが付きませんでした。ただ幸いにも、歯科医の借地人は資力があるので、土地の購入は十分に可能です。Iさんにしても借地人にしても、底地を売買して権利関係をすっきりさせるほうが得策であることは理解しているのですが。
そこで、私が間に入ることにしました。まずは、両者の言い分をじっくり聞くことから始めました。Iさんの言い分は、酒を酌み交わしながらも伺いました。借地人の言い分は率直にお伺いすることにしました。当初は、借地人は私のことをIさんの代理人と勘違いし、かなり警戒されていました。
私は借地人に「私は不動産コンサルタントです。今までの3度の裁判では、双方が弁護士を代理人として立てて争ってきました。弁護士の仕事は代理人の主張を通すために争うことです。しかし私の立場は違います。あくまで中立的です。双方が納得できる条件を提示し、仲裁することが私の役割です」と説明したところ、理解を示していただけました。
そもそも、双方の主張は全く違います。Iさんは今まで貰ってきた地代の合計よりは安く売れないと主張します。これに対し、借地人は法を楯に取り借地権価格を主張し、さらにその上に袋地の価格が基準であるというのです。戦後地価が上昇しましたが、その上昇分のほとんどが借地人に帰属するという考えから起きる意見の食い違いです。
口を開けば双方の悪口が先行し、このままでは平行線をたどることが初期の段階で予想されました。しかしそれでも、双方とも底地を売買したいことは、言葉の端々で感じることができました。
私はまず、借地人にこの土地がどれだけの価値があるのかを論理的に理解してもらうことを考えました。具体的にはこの土地を最高使用する方法を検討し、そこから得られる収益から逆算し、この土地の評価をするのです。いわゆる収益還元法による鑑定なのですが、収益を具体的に算出するのが大変です。
この立地は駅前ロータリーの近接地なので、単純な賃貸住宅ではなく、ホテルマンションの運営による土地有効活用を想定しました。賃貸住宅と比較して、容積率の消化が高く手元に残るキャッシュフローも高くなるからです。これを裏付けるために、設計事務所、ゼネコン、賃貸管理会社の力を借りました。
建築家にプランニングをしてもらい、ゼネコンに見積もりをお願いし、賃貸管理会社に査定をお願いしました。それらの数値を基に、収支計画書を作成し、実際にどの程度の収益が得られるかを計算したのです。その結果、1億円以上で購入したとしても、期待に添う収支が出てきたので、借地人は購入を前向きに考えるようになったのです。
後は価格の算定です。ここは、プロに任せるべきだと判断し、収益還元に理解を示す不動産鑑定士に鑑定書を作成してもらいました。その際に留意してもらった点は、借地人は購入後有効活用するので、収益還元法を加味すること。借地人は所有する土地と併せて活用するので、限定価格となることなどです。
鑑定書には論理的な鑑定評価がなされています。仮に声の大きいほうに色をつけることにでもなれば、フラフラしていると信頼をなくしてしまいます。ですから、この鑑定評価に両者の納得を得ることに全力をつぎ込みました。そして半年ほど粘り強く交渉した結果、両者ともこの鑑定評価に納得していただくことができました。
駅前立地では個別性が高く、路線価や取引事例による評価では正確に価格を導き出すことは不可能ですが、収益還元価格をミックスすることにより実感として納得できる価格となったのです。
ただし直接売却するには、永年にわたるこじれた関係もあります、Iさんは歯科医には売却しないと世間に明言していることもありました。そこで、この土地を一度、別会社がIさんから購入し、それを当日中に仲介手数料や不動産鑑定費用などの経費を加えた金額で歯科医側に売却するというステップを踏みました。こうすることで、50年近くにわたってこじれていた借地問題がようやく解決できました。
今では、Iさんは事業やご自宅などを息子さんに譲られ、有名リゾート地の別荘でご隠居生活をされています。そんな悠々自適の生活も、ノドに刺さった小骨のようだった借地問題が解決したので、さらに寛いだものになっているのではないでしょうか。
依頼者の感想
以下にIさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
不動産コンサルタントに依頼して
借地権の問題は父の代から続いており、当事者同士ではお互いに底地を売買して権利関係をすっきりしたいと思っていても意見がまとまらずどうしてよいのか分かりませんでした。今までの経緯もあり、気持ちよく解決できるとは思えませんでした。福田さんのような第三者の不動産コンサルタントが間に入ってくれることによって、自分の主張を整理して伝えることができましたし、お互いのメリットを引き出す解決策を提示してもらえたと思います。地主・借地人の双方の仲裁をするためには第三者の立場にたてる人が必要だと痛感しました。
価格の査定について
不動産鑑定士に価格の査定をしてもらうことによって、納得した価格をつけられました。素人では分からないことも多いので、プロにおまかせして正解でした。なかなかすぐには借地人の了承を得られませんでしたが、粘り強く交渉を続けてくれたことが印象的です。
現在の生活
長年、喉に刺さった小骨のようだった借地問題が解決し、精神的に穏やかになりました。自分の父親から二代にわたる借地紛争でしたが、このような苦労を息子や娘にはさせずに済んで良かったです。
■コンサルのポイント その28 事実確認の重要性
人を疑えと言っているのではありませんが、コンサルタントは人の言っていることではなく、やっている事で判断しなくてはいけません。人が言っていることは往々にして“建前”であることが多いからです。聞き取りの中から意見と事実を区別していく作業が必要となってきます。
ハウスメーカーで働いていた時に感じたのですが、売れない営業マンの特徴は、お客様の言うことを全て鵜呑みにして事実確認をしていないことです。その結果お客様の真の要望をつかむことなく、的が外れた提案をしてことごとく断わられているのです。
資産家の方にも面子やプライドがあるので、最初から中々本音で語ってくれません。資産家の方が「相続対策で賃貸住宅でも建てようかなあ」という話は気をつけなくてはなりません。まずは本当に相続対策で建てたいのかを事実確認しなければなりません。ひょっとしたら、汗水たらさずに金儲けをすることに対し抵抗があるからそのような言い方をしたのかも知れません。本当に相続対策であるのならば、節税効果の大きい賃貸マンションを勧めることもあるのですが、もし本当は収益性を求めていたのであればアパートを勧めることになるのです。
このようにコンサルタントは依頼者の言葉の中から、その人の真意を汲み取る能力が必要とされます。
■コンサルのポイント その29 真正面からぶつかる
私はブレない人、筋が通っている人、裏表のない人、屁理屈を言わない人を好む傾向が強く、その逆の人を自然に遠ざけているようです。
本を出版させていただき、講演などにも呼ばれることがあるので先生と呼ばれることもあります。誰しも「先生、先生」と呼ばれて気分を悪くすることはありませんが、先生と呼ばれるときは気をつけたほうが良いようです。普段は「福田さん」と呼んでいるにも係らず、一方的にものを頼んだりする場合などに限って「先生」と呼んだりする方もいます。先生と呼ばれて浮かれないように注意しなくてはなりません。
日米関係と同じく全てのビジネスは対等な関係でなければならないと思っています。必要以上に卑屈になったり、お愛想を振りまいたり、また逆にプレッシャーをかけるのも良くありません。
資産家の方は、普段周りから必要以上に持ち上げられています。中には自分を見失い有頂天になり、いいようにされてしまう方もいます。例えば、海外旅行の招待を受け、その間べたべたの接待を受け、断わるに断れなくなってしまうというケースなどがその典型です。
しかしながら大半の資産家は賢明なようです。近づいてくる人々に対して自然と警戒心を持ち一定の距離を置いています。コンサルタントに対しても同じです。このような資産家に対し、表向き取り繕うような対応では絶対に通じません。コンサルタントの全人格をありのままにぶつけるしかありません。時には厳しい指摘をすることが必要かも知れません。しかし、それが依頼者を思ってのアドバイスであればなんら恐れる必要はありません。資産家は普段チヤホヤされ、なにかと旨い話ばかり聞かされています。逆に資産家に対してウォームハートで真正面からぶつかっていけば必ず心を開いてくれるものです。取り巻きにお調子者が多い中で、正攻法で真摯にアドバイスをしてくれるコンサルタントは資産家にとって大変心強い存在となります。
■コンサルのポイント その30 ストレスを貯めない
不動産を取り扱う仕事は金額が大きいうえに、欲望が渦巻く環境なので、大きなストレスがかかるものです。当然アシストするコンサルタントにも大きなストレスが降りかかります。コンサルタントは個々の依頼者とは違い、複数の依頼者のストレスの波をいくつも被っているので、ストレスに強くなければやっていけません。主なストレスは以下のとおりです。
①依頼者や依頼者の関係者に対して必要以上の配慮をすることによるストレス。換言すれば、言いたいことも言わずに我慢することによるストレス。②依頼者の利益を追求するあまりに生まれる法的リスクによるストレス。③同じく税務的リスクによるストレス④金融機関との駆け引き等、資金的リスクに関するストレス⑤賃料の減額、退去などテナントとのリスクに関するストレス。様々なリスク対策をするものの、ストレスはやはり貯まっていくものです。そこで、私自身のストレス解消法をご紹介します。
①寝る事-大半の事は寝てしまえば忘れてしまいます。また、土日に寝ダメもします。疲れの激しい時はオイルマッサージに行って体を休めることによりストレスを解消します。
②飲む事-仕事が終わった時点で緊張感とストレスが貯まっていますが、近くの行きつけの飲み屋で一杯すると発散されます。
③遊ぶ事-ゴールデンウィークなど長期休暇が取れる時は徹底的に遊びます。特に体を動かすと良いでしょう。私の場合はダイビングです。好きな事をしていると全てを忘れることができます。人によってその方法は様々ですが、自分の脳が心地よいと思うことを存分に行なうことが良いでしょう。
もっとも「ストレスのかかりにくい仕事の進め方」をする事のほうが重要かも知れません。「ストレスのかかりにくい仕事の進め方」とはいわゆる正攻法です。依頼者や利害関係者と無理な駆け引きを行なわない。依頼者や利害関係者に対しむやみに期待値をあげることをしない。事実をオープンにして問題点は隠さない、そして一緒に問題点を解決する。依頼者に気を使うばかりに、悪い情報を隠し、最後に問題点が露呈するようなやり方はお互いにストレスが貯まります。実はプロジェクトが完結し、依頼者から感謝のお言葉をいただくと同時にストレスも吹き飛んでしまうものです。依頼者、関係者、社会から喜んでいただける事が最大の治療薬かも知れません。
*『事例から学ぶ 安全・安心の相続と資産運用』(住宅新報社)に収録した事例を基に再構成しています。