連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(36)」 ~借地と共有財産、二大不良資産の解消~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
第36回 台東区Aさん
~借地と共有財産、二大不良資産の解消~
借地と共有財産は不良資産の代表格です。「収益力」「換金力」「節税力」の全てにおいて劣っています。台東区Aさんは、兄弟円満であったものの、将来の事を考え、共有名義の不動産の処分と借地の処分を行いました。借地の処分先は甥っ子であり、共有持分の購入も甥っ子であるため、最終的には同族間の交換のような形となりました。そこに、法人名義の共有も絡んでいたため、複雑怪奇な所有関係となっていました。将来、相続があっても困らないようにするためにもこの際スッキリしておくことにしました。
1.共有物分割の提案をしよう
事例の紹介の前に、共有財産の分割について説明します、
土地活用や相続の相談を受けていると、共有になっている財産が非常に多いなあと感じます。その理由は様々です。主なものを下記に挙げます。
① 民法に従い単純に法定相続で分けた。その際大半の資産を共有にして相続した。
② 相続税納税までに10ヶ月しか猶予がないため。財産分与の話合いの時間が足りず、とりあえず共有にした。
③
遺産分割を管轄外と考える税理士の思考。資産の配分を考えることは税理士の仕事でないし、そこまで踏み込むと非弁行為になると言って、その後の生活を考えない共有案で申告してしまう。申告期限内に仕事を納める必要があるので、「必要であれば後で共有物の分割をしておいてください。共有物の分割は資産の譲渡がなかったものとして取り扱われるので譲渡税の課税がありませんから」などと説明されているのでしょう。ところが大半の場合、その後共有のままほったらかしになっています。
④ 分割しない方が資産価値を保てるから。
例えば50坪程度の土地だと間口が狭くなるので、二つに分けると家が建てられなくなり価値が下がります。また商業用地などでは、分割しなければワンフロアが大きな貸しビルが建てられ、坪賃料が上がり価値が高くなることもあります。規模を小さくすると価値が下がる場合は、共有にしておいた方が良いでしょう。
⑤ 兄弟仲が切れないように。その証として共有財産にしておく。
等です。
上記の5つは目先のメリットではあるかも知れませんが、問題の後送りであり、長期的に見ればデメリットの方が多いと思います。
あえて共有にする場合は次の三つの場合があります。
① 分割しない方が資産価値を保てるから。
② 財産が自宅等一つしかなく、代償金もない場合。
③ 共有者が配偶者や親子の場合、将来相続時に単独になるので問題がありません。
2.共有物のデメリット・問題点
逆にデメリットの影響は長期に及びます。下記に例を挙げます。
① 換金性がない
本人はお金が必要なので換金したくても、共有者からその必要は無いと言われてしまえば、換金できない。共有者を納得させて同時売却するしかありません。
② 利用者と所有者が違う
例えば共有財産が自宅1戸だった場合、使えるのは一人だけです。もう一人は、名前だけの所有となり、所有権はあるのに、利用できません。自宅の場合は使用貸借になりがちで、きちんと賃料が払われることは少ないようです。
③ 申告が煩雑
収益不動産の場合は、共有者が持分で申告しなければならず煩雑です。
④ 意見の対立
建物の管理や修繕費の判断、空室対策など意見が合わなければ、何も対策が打てずスラム化することもあります。すべての対策の意見を合わせなければなりません。経営者が二人いるようなものです。
⑤ 代替わり後に、さらに複雑に
最大の問題は、兄弟仲の良いうちは大丈夫ですが、疎遠になったり、相続が起きて代替わりしたりして状況が変わることです。
甥、姪、叔父、伯母になった時や相続人が複数いた場合は、さらに複雑になります。地方赴任、海外転勤など生活環境の変化もあるでしょう。
所有者が増えれば、財産管理がさらに難しくなります。その場合、解決方法は売却しかなくなります。兄弟仲の良いうちに、親のいるうちに等、早いうちに対策を打ち、完全所有権にしておく必要があります。
不動産コンサルタントの側から見れば、共有物分割の問題を上手く解消すれば、資産全体の相談に発展することもあるでしょう。
3.共有の解消方法
共有の解消方法は、次の通りです。(図1)
① 共有物をそのまま分割をする。
例えば、100坪の土地を1/2ずつ50坪ずつにして単独名義にする。
② 共有者の一方が他方に売却する。
気を付けなければならない事は、価格の正当性です。第三者間の売買価格なら市場原理が働くので、いくらでもよいのですが、同族間の売買は都合の良い価格で取引して節税対策と判断されると、認定課税される可能性が出てくるということです。そのため、時価での売買を基本とします。当局の言う時価とは、相続税評価額です。身内だからなるべく低く売りたいと思っても、時価より低い価格で売買すると、時価との差額を贈与と見なされます。もっとも、相続税評価額と時価は一致するものではありません。不動産精通者による鑑定評価がモノをいう場合があります。
リーマンショック後のように、市場取引がピタッと止まり価格が付かないような時があります。評価書にその旨を記載して、時価を算定しますが、そのような時は時価も低くなるものです。
③ 同時売却
同時に売却して現金化します。そして、それぞれが新しい資産を取得します。
④ 「固定資産の交換の場合の課税の特例」を活用して分割する。
実は良く見ると「借地と底地の問題」の解決方法と同じということに気が付きましたでしょうか?
■「固定資産の交換の場合の課税の特例」 ・「固定資産の交換」や「特定の事業用資産の買換え」、いわゆる「立体買換え」等の特例は適用要件が厳密に定められており、特例の適否により税額が異なります。 ・一定の要件をすべて満たす固定資産を交換した時、譲渡資産と取得資産の価格が同額または取得資産の価格が上回る場合は、譲渡所得は課税されず、譲渡資産の価格が上回り交換差金を取得した場合は交換差金が取得金額となります。 固定資産の交換の特例について 適用要件 次に掲げるすべての要件を満たす場合には、特例が適用される。 A.交換譲渡資産及び交換取得資産は、いずれも固定資産であること。 B.交換譲渡資産及び交換取得資産は、いずれも次の同種の資産であること。 ①土地、借地権及び耕作権(権利の移転又は解約についての農地法の許可等が必要なものに限る) ②建物、建物付属設備及び構築物 C.交換譲渡資産は、一年以上所有していたものであること。 D.交換取得資産は、交換の相手が一年以上所有していたものであり、かつ、交換のために取得したものではないこと。 E.交換取得資産は、交換譲渡資産の譲渡直前の用途と同一の用途に供すること。(図2) F.交換の時における交換取得資産の時価と交換譲渡資産の時価との差額が、これらのうちいずれか高い方の価額の100分の20に相当する金額を超えないこと。 |
次に一つの事例をご紹介します。
-依頼者の状況-
戦後、Aさんは兄と一緒に東京都内で自動車関係の事業を始めました。二人が懸命に仕事に打ち込んだ甲斐もあり、事業は順調に発展していきました。徐々に事業用地や自宅の土地を取得していきましたが、全て公平に兄弟で1/2ずつの共有にしてきました。また、事業の収益はすべて正確に50%で分けたそうです。隣同士に住み、兄弟仲が大変良かったそうです。
10年前、その兄が他界、相続が発生しました。兄の子が共有部分をそのまま相続し、叔父と甥の共有関係になりました。実際は何も問題ありませんでしたが、今後の事を考えて、今のうちに共有財産を整理したいと考えました。事業もすでにそれぞれ独立して行なっており、甥は独立して住まいも引っ越しました。Aさんが昔からお世話になっている税理士さんを通じて、当社に相談がありました。
依頼者は…
Aさん 70歳 (依頼者)自営業 台東区在住
Bさん 40歳 Aさんの甥 自営業 埼玉県在住
依頼者の要望は…
① 事業を縮小したいので、個人と法人の共有名義になっている台東区の事業用地をなるべく高く売却してほしい。
② 台東区の自宅用地は甥のBさんと1/2づつ所有の共有名義です。現在、甥から持分を借りている状態になっており、地代を支払っています。
一方、埼玉県の倉庫用地は私の名義なのですが、甥に貸して地代をもらっている状態です。地代は双方、同じ金額です。この関係を何とかスッキリさせたい。
実際の展開は…
1.共有の状況
図3をご覧ください。
台東区の土地はAさんの自宅用地で、Aさんが1/2を甥のBさんが1/2を所有しています。利用しているのはAさんとAさんの長男です。また、隣接してAさんとAさんの事業会社が1/2づつ、事業用地を所有していました。
埼玉県の土地はBさんが倉庫用地として土地を使用しており、所有はAさんです。
Aさんと甥のBさんはそれぞれがお互いに賃貸借契約を結んでいます。地代もきちんと発生させていました。その地代は同額に設定し、相殺していました。
このあたりは、長年お付き合いしている顧問税理士さんが的確なアドバイスをされていました。
台東区の共有持分と埼玉の倉庫用地はお互い借地関係になっており、しかも地代が同額なので等価交換の話がBさんの父の時代から、兄弟間の話としてたびたび検討されていました。
ただ、その当時は、土地の価格が非常に動く時期で、鑑定士に土地の価格を査定してもらいましたが、価格差があり過ぎて交換出来ませんでした。また交換と言っても取得税・登記費用等の手続き費用の支払いもあり、税金の額を考えると捻出に頭を悩ませる状況だったそうです。
その後数年経ち、兄の相続が発生しました。お兄さんが所有していた土地は、そのまま息子のBさんが相続し、叔父と甥の共有関係になりました。
子供世代に移ると、何かと環境も変わってきます。今後の事を考えて、なるべく早く資産を整理した方がよいと考えました。
2.価格の査定
借地関係と共有の解消と言う事で、まずは交換を検討しました。先に述べたように土地はそれぞれが現在使用しているので、第三者が購入することはありません。Aさん、Bさんともに、同額の交換で良いと考えていました。仮に同額にならないとしても、お互いなるべく安く売買したいとの要望でした。ただ、同族間の売買は注意が必要です。時価を取引価格の基準としなければならないからです。そこで税務署にも納得してもらえるような、客観的価格を査定して、その価格で売買してもらうことにしました。
以下にその査定書の概要を紹介します。
【台東区の土地】(Bさん所有1/2分)
査定報告書 ■プラスポイント ・駅まで徒歩圏である ・地区計画区域外である ・閑静な住宅地である ■マイナスポイント ・路地上敷地である ・敷地面積がやや大きい ・東京都安全条例違反となっている ■総合所見 該当する地番から判断して、当該敷地を路地上敷地と算定した。路地の長さが20mを超え、東京都安全条例違反となっているが、既存建物が建っているので、その影響は評価の対象から外している。 借地契約は結ばれているが、権利金が発生していないので、借地権が無いものとして算定している。 ■価格算定基準 本案件は住宅区域に立地し、住宅用地として利用されているが、個別性が著しく高いために、相続税評価による価格・取引事例による比準価格の2つの指標より価格算定を行います。 各試算価格の間には開差が生じるので、対象不動産の地域特性および物件特性を踏まえ総合的に試算価格の調整を行い価格算定します。 1.相続税評価による価格 別紙 「相続税評価額より算定」参照 試算価格 12,099,618円 2.取引事例による比準価格 別紙 「土地評価レポート」参照 試算価格 13,530,000円 各試算価格に開差があるので対象不動産の地域特性および物件特性を踏まえ総合的に試算価格の調整を行う。 1.相続税評価による価格 12,099,618円 50% 2.取引事例による比準価格13,530,000円 50% 各試算の反映度合を50%ずつとして算出すると、 査定価格 12,800,000円 |
【埼玉県の土地】
査定報告書 ■プラスポイント ・資材置き場用地として農地転用されている ・角地である ・接面道路が長い ■マイナスポイント ・調整区域である ・駅からの交通手段がない ・市場流通性が低い ■総合所見 調整区域にあり、市場流通性が低く、第三者取引として査定するために、固定資産評価額や近隣の公示価格から比準して査定することになります。 また、借地として利用されることも多いため、収益還元価格も反映させた。 ■価格算定基準 本案件は調整区域に立地し、雑種地として利用されているが、個別性が著しく高いために、固定資産税評価による公的価格・固定資産税標準宅地の比準価格・公示価格による比準価格、収益還元法による価格から算定した価格の4つの指標より価格算定を行います。 各試算価格の間には開差が生じるので、対象不動産の地域特性および物件特性を踏まえ総合的に試算価格の調整を行い価格算定します。 1.固定資産税評価による公的価格 平成24年度固定資産評価額 728-2 1,389,738円 平成24年度固定資産評価額 728-5 937,860円 合計 2,327,598円 土地の固定資産評価額は公示価格の70%なので、70%で割り戻します。 したがって、 価格 3,325,140円 (2,327,598円÷0.7) 試算価格 3,325,140円 2.固定資産税標準宅地の比準価格 別紙 土地評価レポート参照 試算価格 12,300,000円 3.公示価格による比準価格 別紙 土地評価レポート参照 試算価格 13,090,000円 4.収益還元法による価格 年間賃料 54,560円×12ヵ月=654,720円 年間固定資産税 22,810円 年間純収益 631,910円 還元期待利回り 7.0% 年間純収益料を還元期待利回りで割り戻して試算 631,9100円÷7.0%=9,027,285円 試算価格 9,027,285円 各試算価格に開差があるので対象不動産の地域特性および物件特性を踏まえ総合的に試算価格の調整を行う。 1.固定資産税評価による公的価格 3,325,140円 25% 2.固定資産税標準宅地の比準価格 12,300,000円 25% 3.公示価格による比準価格 13,090,000円 25% 4.収益還元法による価格 9,027,285円 25% 各試算の反映度合を25%づつとして算出すると、 査定価格 9,400,000円 |
埼玉県の土地は、調整区域内で実際には値段がつかない土地とも言えます。固定資産評価で約330万円です。AさんBさんともに本人たちは、等価の価格で良いと考えていましたが、実際には価格差がありました。
当初はAさんとBさんの土地の価値はほぼ同じであったのでしょうが、埼玉県の土地の価格は大きく下がり、台東区の土地の価格はそれほどまでも下がっていなかったので価格差が出ていたのです。
等価にはならなかったので、お互い同時に売却することにしました。また、実際にはBさんは譲渡税がかかるので、Bさんの持分の方が高くなったのは幸いでした。また、測量費や登記費用や手数料などもこの価格差から支払えたので、資金繰り上も助かりました。
Aさん、Bさんともに信頼関係が出来ているので、土地代金はそれぞれ事前に振り込んでもらい、その後同時に所有権移転、登記申請をしました。これにより無事に借地と共有の問題が同時に解消できました。
3.事業の縮小
上記の借地と共有の解消と併せて、Aさんの自宅隣の事業用地の売却もコンサルしました。自宅の隣の土地は作業場として使っていましたが、息子さんが事業を継がないという事で、事業の縮小と事業用土地の売却を考えていました。
自宅のある土地も併せて売却することも考えていたそうですが、当社で検討したところ、全体での売却は道路付が必要なので、有効面積が減ってしまうことが分かりました。自宅は築15年程度で、まだローンが残っています。そこで作業場として使っていた土地だけ売却することにしました。
ちょうど消費税増税の法案が通り、駆け込み需要があるとの見込みから、今は売り時だと判断しました。最有効使用を検討したところ、建売業者が一番高く購入してくれそうなので、建売業者6社にお話しして検討していただき、その中で最も高い価格を提示してくれた会社に売却しました。
いつものことですが、上下の差は大きく、最安値が4,300万円、最高値が5,000万円と700万円の差がつきました。
Aさんの決済までにすべきことは、抵当権の抹消、確定測量、分筆、インフラの移設です。これらの手続きには手間と時間がかかりましたが、最終的には決済日を3週間延ばして無事に決済を終えました。
先に述べた借地と共有の解消の売買で、Aさんには損が出ていました。埼玉県の土地価格が購入した時点より下がっていたからです。そこで、この自宅隣の土地売買で出た益と損益通算することによって、譲渡税を払う必要はありませんでした。
Aさんはこの土地の換金によって、価格差分の支払いが出来ました。また、法人の持分の譲渡益は、退職金を出すことによって、法人の税金を減らすことができます。
依頼者の感想
以下に依頼者Aさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
不動産に詳しい税理士さんに感謝
事業の縮小を検討し始めた時に、今まで借地と共有になっていた土地等をどうしようかと悩んでいました。私がいるうちは良いですが、子供の代になったら、状況は変わりますから。お願いしている税理士さんが不動産に明るく、相談にのってくれ、コンサルタントを紹介してくれて助かりました。
本人たちは、交換をすればいいやくらいに思っていましたが、色々な計算もあり大変なんですね。財産を把握している税理士さんとコンサルタントさんが協力をして、会社のお金・税金面のことまで考えてくれたので大変助かりました。複雑になっていた資産を整理してもらえて良かったです。
共有について
もともと兄と二人三脚で事業をしてきたので、共有で財産を取得することには何も問題を感じていませんでした。相続で叔父と甥の共有になった時は、実害もなく普通の感覚でした。
しかし、今後の事を考えるとこのままではいけないなと思い、今回実行に移しました。今は、すっきりして何も困っていない状態です。
兄弟仲が良かったので、お互いに思いやるのが普通の感覚でした。その感覚が甥にもつながっていたのでしょう。お互いに協力して無事に交換が済みました。みんなが力を合わせてくれたからだと思っています。