連載「実践 事例で考える 学ぶ不動産コンサルティングの進め方(4)」 ~不動産の組み換えによる中小企業経営者の再生支援~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル
第4回 東京都豊島区のTさん
~不動産の組み換えによる中小企業経営者の再生支援~
Tさんは飲食の卸業を行なっていますが業界の競争も激しく過大な借金に苦しんでいました。ちょうどそんな時に東京においてはミニバブルが発生し、複合ビルを売却し借金を完済させることができました。事業用資金の買い換え特例を活用し手元資金を残すことによって、新たな収益不動産と自宅を確保しながら事業の再生を果たした事例です。
<資産組み換え前の状況>
依頼者は・・・
Tさん45歳。メガバンクからの紹介です。池袋で飲食の卸業を経営。12年前、父から経営と資産管理を任されるようになりました。事業で膨らんでいた債務をリストラや賃貸収入の増収によって解消。債務超過から脱却した時点を見計らい、複合ビルを売却して借金をすべて返済したいと考えていました。
資産内容は・・・
父親所有の土地が約200坪。建物は約1,000坪の複合ビルで父と法人が所有していました。自己利用としては父親宅、姉宅、弟宅、会社の事務所そして卸業のための倉庫です。ほかに賃貸用店舗5件、賃貸住宅2DK35戸を所有。借金は8億円でした。
組み換え後の資産は・・・
親用に豊島区の新築賃貸マンションを2戸購入。このうち1戸を姉に賃貸しました。弟にはマンション購入資金の頭金として現金を渡しました。会社の事務所と、事業のための倉庫は、建物を売却後にリースバックしました。
店舗5件と賃貸住宅2DK・35戸の複合ビルを売却した資金で土地約60坪、建物約250坪の駅前商業ビルを購入。新たに新規のメガバンクより融資を受け最終的には借金が2億円に減少しました。
依頼者の要望は・・・
①なるべく高く売れる売却方法を提案してほしい。
②メガバンクからの借り入れを一旦、全額返済したい。
③複合ビル売却後の親・姉・弟の住む場所を確保してほしい。
④会社の事務所と卸業で使用している倉庫をリースバックしたい。
⑤父が所有する土地を売却すると譲渡税がかかるので事業用資産の買換特例を使いたい。
⑥自宅の住み替え先と、事業用資産の買い換え先は豊島区内がいい。
⑦できれば買い換えた場合も複合ビルが良く、家族の住まい・事務所・倉庫等は一緒がありがたい。土地から購入して建てても良い。
実際の展開は・・・
①売却までの経緯
築32年経った老朽ビルです。建築した時の借金と、その後の事業資金として借りた分も合わせると12年前には借金は15億円に膨らんでいました。当然債務超過となっていました。
依頼人が父親から経営のバトンタッチを受けたのはこの頃です。依頼人はビルをすぐにでも売却したかったのですが、債務超過で売っても借金が残るため、売るに売れませんでした。そこで社員のリストラを行い、ビルの自己使用している部分の賃貸化を進めました。
1・2階の店舗部分の区割りを細かくし、賃料を上げました。その結果、年間6千万円だった賃料収入が1億円を超える賃料収入に生まれ変わりました。その後の10年間で借金を7億円返すことができました。
今から2年前には8億円まで借金を減らすことができ、ビルを売却しようと思いましたが8億円ぐらいでしか売れないとのこと。譲渡税を支払うと赤字になるので中止にしました。その後、福田財産コンサルが正式に資産組み換えの依頼を受託しました。
②老朽ビルの販売戦略
収益力はあるものの、建物が老朽化しテナントや入居者は外国人がほとんどなので、敬遠されがちなことが判っていました。そこで、徹底的に情報をオープンにし、買主に安心感を与えることが必要と判断しました。そのため建物調査報告書を調査会社に依頼して作成。調査項目は、遵法性・緊急修繕更新費用・中長期修繕更新費用・建物の有害物質含有調査・土壌汚染・地震リスク調査など多岐にわたり、物件の透明性をアピールしました。更に透明性を確保するため、賃貸借契約の中身も可能なかぎり明らかにしました。
賃料・共益費・保証金・保証金償却費・契約期間・滞納状況などをオープンにしました。こうした情報を一覧にしたものをレントロールといいます。
買い手は不明瞭な点があると、それ自体をリスクとして捉え、物件の評価を下げます。たとえ不利な点があっても、それを明らかにし不明瞭な点をなくすほうが高く売れますし売買契約後のトラブルも少なくなります。
③3段階の売却戦略
不動産投資ファンドが購入してくれるような優良不動産なら、ファンドまたはファンドに転売する業者を集めて入札をすると高く売れます。ところが本物件は無理なので、入札をする前にプレ販売を行なうことにしました。
その際の金額は査定価格より高めにしました。査定価格は不動産鑑定士の鑑定評価としました。入札の場合はこの不動産鑑定評価を最低売却にしようと考えていました。入札でも売れなければ、レインズやアットホームなど不動産業者間の流通ルートに乗せるということで3段階の販売戦略を提案しました。
④買手が見つかった
平成19年の春先だったので、まだ買い取り転売業者が銀行から自由に融資を受けられる状態でした。そこでまずはそうした業者に打診してみました。さすがに、築年数や立地やテナントの問題があったので、彼らも引き気味でしたが、数社の出した金額が10億円でした。しかし10億円では借金は全額払えたとしても、譲渡税を支払ったら手元にほとんどお金が残りません。
しばらくして、大手賃貸管理会社のフランチャイズ店の不動産業者から12億円くらいで買ってもらえそうだという情報が入りました。その法人は高利回りの収益不動産を長期に保有して安定した賃料収入を得たいとのことでした。買取業者との2億円の価格差は、ちょうど彼らの転売利益に相当するものだと思われました。
早速、買主と面談して契約条件を確定させ契約しました。平成19年8月に物件の引渡と決済を行いました。おりしもサブプライム問題が取りざたされる前で、買主も融資を受けることができ、無事に売買を完了させることができました。
もし、これが平成20年以降だったら、不動産に対する融資が厳しくなっていたためこの価格で売却することは不可能だったと思います。あるメガバンクは今なら7億円でも買手がいるかどうかわからないと言っていました。
⑤買換特例を使い課税を繰り延べ
手取り額がいくらになるか検討しました。まずは売却代金から譲渡にかかった費用を引きます。次にメガバンクにローンを一括返済します。そこから税金が引かれ残りが手取り金額になります。このケースでは土地の割合が高く、しかも土地は相続で取得していたので取得費が少ないため譲渡益が膨らみ、譲渡税も高めになります。
そこで、当時平成20年12月末まで適用される事業用の買換特例を使い課税の繰り延べを行なうことにしました。いろいろシミュレーションしてみましたが、満額適用させるとなると買い換える物件が高額となり、新たな借金が増えるので、多少譲渡税が発生しても借金をあまり増やさないという方針をとることにしました。
一方、法人持分の売却益は、過去59年間の足止め出来ない不良債権や貸付金などを一気に償却することで法人税はゼロにすることができました。会社の中身もスッキリさせることができました。
売却した不動産は複雑な複合ビルで、かつ所有が個人・法人との共有でした。買い換えた物件は自宅やビルなど多岐に渡り、事業用資産の買換特例や居住用資産の3,000万円控除の特例を使うのは難解でしたが、依頼者が税理士と一緒に税務署に行くなどの努力をしてくれたためスムーズに活用することができました。
⑥組み換え先の検討
まずは中古の複合ビルを探しました。しかし、「帯に短かし襷に長し」といった感じでなかなか見つかりません。そこで、土地を購入して建物を建築する戦略に切り替えましたが、自宅用地としても賃貸ビルとしても優れた立地を探すのは至難のワザです。いくつか現地を見てもらいましたが決まりません。住まいを伴うとなると見る目が厳しくなるのは当然です。長年ハウスメーカーにいたのでそうしたことは経験的に分かっていました。
そのころから建築費の高騰が始まり、採算が合わなくなってくる心配もありました。後から考えると、やはり土地を購入しての建築にしなくて良かったと思います。建築費の高騰で着工できなかった可能性さえあったからです。皮肉にも、土地が見つからなかったことが不幸中の幸いとなりました。
結果として自宅用には新築マンションを買うことにしました。幸い、売れ残りのマンションが2戸あったので、値引きしてもらい親と姉用の2戸分を購入しました。
⑦収益不動産の購入
父親からすると、所有していた不動産を処分するのは心が痛むし、寂しかったようです。当然事業用資産の買換特例を使って新たな不動産を取得できるわけですが、それ以上に気持ちの部分が大きかったようです。
新しく購入したのは父親の自宅から歩ける場所にあった駅前の商業ビルでした。テナントは病院、塾などの優良テナントばかりです。築年数も新しく、今までのように多額の修繕費に悩まされることはありません。ビル自体は小さくなったものの、不動産を取り戻したような気分は格別だったようです。
ビルは競売となったものを業者が落札して商品化していたため、相場よりも安く買うことができました。地下一階のテナントが元オーナーになっています。ちょうどTさんも、売却したビルの事務所と倉庫をリースバックしているので親近感を抱いたと言います。
⑧資産組み換え後
依頼者にとって見れば、借金を返済することができ、銀行から無理難題を押し付けられることもなくなりました。資金繰りを考える苦労から解放されたことは何よりの財産となります。
母親は新しいマイホームが持てたことに喜びを隠しません。水回りも刷新し、快適に家事ができます。また住環境が良くなり、念願だった閑静な住宅街に住めた満足感も大きかったようです。
父親は過去の負の財産を整理できたことと、賃貸住宅の管理をする必要がなくなったことに満足しています。姉は母親同様に新築マンションに住むことができるようになりました。現在は父親に賃料を払っていますが、将来的には相続する予定になっています。
弟は現金を貰い、それを頭金にして中古マンションを買うことができました。家族全員がハッピーとなりました。資産を組み換えるという発想を持ったからできたことです。
依頼者の感想
以下にTさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
大変良いタイミングで売却することができたと思います。
常にアンテナを張って多くの良い情報を収集していたから、うまくタイミングが図れたのだと思います。コンサルタントの福田さんを見ていて、やはり人脈とネットワークが大切だと感じました。
私たちが今まで苦労してきたのは、資産組み換えという発想を持てなかったからだと痛感しています。あそこに100年以上も住み着いていましたから。
T家の人間としては、あそこを手放すという考えはなかったし、売却を決意してからもかなり大変でしたね。親族会議では、長男に全部相続させて思い出がいっぱい詰まった家は残した方がいいのではないかとか。そういうことをかなり話し合いました。
現に父親の兄弟4人は全員売ることに反対でした。「売らなければならない程の経営状況なのか」と責められました。要は私たちばかりが儲けようとしているのではないかと勘繰られもしました。最終的には財務状況を説明して「あなた達が全部ほしければ、そのかわり借金も全部くっ付けてやるから」という話さえしました。最後は父親に私が言いました。「今のままでは立ち行かない。死んだ人間より、これからの人間を大切にしてほしい」と。そして父親にも腹を決めさせて他の兄弟を説得させました。そこが一番苦労しましたね。
大変な苦労はしましたが、それまでのビルに住みながら自分で賃貸住宅を管理しなければならないという苦労から解放されました。家賃が入らないとか、住民同士のトラブルだとか、夜中に警報が鳴って駆け付けなければならないとか、そういう精神的な負担から解放されたことは、家族全員にとってなによりのことだったのです。
現在、会社の代表権は私にありますが、父親に対しては引き続き「社長」と呼んでいます。今回の資産組み換えで、かなり精神的なストレスがありましたから、そのうえ「会長になれ」というのも酷だと思いました。上がりのポストみたいで、ちょっと可哀想でしたから。父は今でも会社に来ています。来なくてもいいんですけど(笑)、前よりも早く来ています。
私は、身軽になったので本業に力を入れられるようになりました。ライバルは不況で売上・利益が減少していると聞きますが、うちは横ばいかもしくはアップしています。今後はまた、新規事業にどんどんチャレンジしていきたいと思っています。
■コンサルのポイント その10 プロデューサーであれ
不動産コンサルタントのやりがいの一つとして、多くの専門家・実務家の方々とタッグを組みながら、一つの目標に向かいチームプレーで達成感を味わえる点があります。
税理士さんには相続税の試算と相続税の納税準備を、土地家屋調査士さんには相続税納税のために売却する土地の確定測量を、不動産鑑定士さんには広大地の鑑定評価を行ってもらい、相続税評価を下げる検討を、司法書士さんには相続関係図の作成と名義の移転登記をお願いします。納税用地の売却時には不動産業者のお力をお借りしながら、入札による最高値の売却を目指します。また、事前の相続対策として相続評価の低い収益不動産に組み換えるお手伝いをしてもらいます。その際、金融機関さんには、最優遇金利で融資をして頂くようご協力を頂きます。取得した収益不動産はビルメンテナンス会社や賃貸管理会社さんに管理をお願いし、保険会社さんに保険を付けていただきます。相続後の土地活用として建築士さんに賃貸ビルや賃貸マンションを設計していただき、ゼネコンさんに建築をお願いします。また、被相続人の意思確認ができないような状態の場合、成年後見人の制度の手続きを弁護士さんにお願いします。
このように不動産コンサルタントは資産家の代理人として、多くの専門家をマネージメントする立場にあると言えます。かっこよく言えばオーケストラの指揮者の役割です。もしくは映画監督の役割を担っているとも言えます。
その役割を全うするためには収支・建築・相続・法務・税務・金融・管理・市場・保険・鑑定・所得・経営・不動産投資・不動産などに対する幅広い知識と経験が必要とされます。
資産家から業務委託契約書や委任状を頂いて、不動産コンサルタントが中心に立ちそれぞれの専門家・実務家に動いていただけるのです。ところが、それぞれの専門家の立場によって方向性が違い、セクショナリズムに陥ることもあります。そこで私は一致団結を図るために、依頼者の要望をコンセプトにまとめ、それぞれの専門家とコンセプトを共有し、共感していただきながらプロジェクトを盛りたてていきます。高度なマネージメント能力が必要とされ難易度は高いのですが、やり遂げた達成感はなんとも言えません。
■コンサルのポイント その11 仕事の方針を明確に
不動産コンサルタントをしていると時に自分の目指すべき仕事が分からなくなる事もあります。そのような時の為に、自分の仕事に対しての方針を決めておく事をお勧めします。
当社の場合は、“コンサルティング 10の方針”として、ホームページにも掲載し、どなたでもご覧になれるように提示してあります。
例えば、「独立系コンサル会社の特徴を活かし、資産家の立場でフリーな提案をします」と明記してあるので、今まで問題解決の為に相談に行ったのに自社製品を売り込まれたという経験のある方が、依頼者の立場を一番に考えたコンサルを受けたいと思われて当社にいらっしゃいます。
また、「対処療法はしません」と提示する事によって、資産の組み換えも含めた抜本的な提案を受け入れようというお客様が依頼にいらっしゃいます。
「実施段階では競争原理を取り入れ、入札を原則とし最大のパフォーマンスを引き出します」としているので、入札を行なったり販売時期を考えたりと、こちらも常にお客様の利益が最大になるようなコンサルティングを心がけています。
■ コンサルのポイント その12 「収益力」「換金力」「節税力」に着目
不動産の場合の価値とは「収益力がある、換金力がある、節税力がある」この3つを備えたものが価値の高い不動産と言えます。価値が少ないのに持っていることだけで満足しているということは、遠い昔地価が一方的に上がる時代には良かったのですが、人口減少時代ではそれも期待できません。価格に合う価値の不動産に組み換えていかなければ持ちこたえることができない時代となっているのです。
不動産業者の仕事は不動産の売り買いの情報を提供しながら仲介することにありますが、コンサルタントの仕事は依頼者に今何をすべきかを気づかせることです。すなわち不動産の価格と価値が合っていないことに気づいてもらい、納得させ、決断させ、利益を生じさせることです。
*『混迷の不動産市場を乗り切る優良資産への組み換え術』(住宅新報社)に収録した事例を基に再構成しています。