連載「実践 事例で考える 学ぶ不動産コンサルティングの進め方(2)」 ~事業承継に備え、事業と不動産の再構築(リストラ)支援~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル
第2回 千葉県市川市Sさん
~事業承継に備え、事業と不動産の再構築(リストラ)支援~
長男への事業承継を念頭に入れ、まずは予め個人資産の不動産を処分し、借金を軽くしました。次に法人の事業を縮小し、法人の不動産も売却して筋肉質な財務体質へ転換することができました。
<依頼時の現状>
依頼者は・・・
Sさん66歳。レジャー産業の事業経営者。不動産賃貸事業も行なっています。
地域の名士。事業は今まで順調でしたが、最近は競合店が増え苦戦し始めています。子供3人にうまく事業承継と相続をしたいと考えています。事業会社の他に資産管理会社も保有しています。
資産内容は・・・
市内に約2,000坪の相続した土地を所有。以前は漁師町でありましたが、戦後ベッドタウンとして急速に発展してきました。賃貸マンション、駐車場、ロードサイド店舗、本業の事業用地などに土地を活用しています。バブル時に福岡市に賃貸マンションを、東京都内にアパートを購入しています。
依頼者の要望は・・・
① 子供が3人。長男、次男、長女で、皆30代。事業と資産を子供たちに揉めることなく承継していきたい。基本方針として、長男には事業と資産を、次男には資産管理会社とマイホームを、長女には現金を渡してあげたい。
② 借金は縮小して相続してやりたい。
③事業も30年が経ち、曲がり角に来ている。新規事業を立ち上げたうえで、長男に事業を承継したい。
コンサルタントから見た課題は・・・
① バブル時に福岡市に賃貸マンションを、東京都内にアパートをそれぞれ資産
管理会社の名義で購入したが赤字が続いている。借金の返済が重たい。
② 15年前に建築した賃貸マンションがあるが、家賃保証の金額が下がってきた。
老朽化で修繕費が増えてきた。
③ 事業の売上高が減少傾向にある。毎月200万円の賃料が重たい。
④ 今の事業に変わる何か新しい事業を考えているが、中々簡単に見つかるもの
ではない。後継者である長男がその気になってくれなければ、事を始めることもできない。
実際の展開は・・・
① 投資物件を売却
資産管理会社が保有する福岡市の賃貸マンションと、東京都内のアパートを処分することにしました。バブル期に高い値段で買っているので、当然簿価を割る価格でしか売れませんが、幸い、個人の不動産投資ブームが始まっていたので比較的容易に売却することができました。
購入したときは金利8%、利回り2%という環境だったので、購入した時点からずっと赤字でした。値上がり期待の不動産投資は完全に失敗しました。現在であれば金利2%、利回り8%の時代なので不動産投資がキャッシュフローベースで十分に成り立ちます。
簿価を下回って売却することになってしまいましたが、資産管理会社の所有なので赤字を活かすことはできます。繰越控除制度を活用すれば、最高7年間の税金の負担を無くすことができます。
そのために、売却後は管理会社に利益をもたらすようにしました。黒字になっても過去の売却損をぶつければ法人税を支払う必要はありません。個人ではなく、法人で所有していたことが功を奏しました。余談ですが、実は金融機関がこれと同じことをしています。銀行は不良債権処理を行なったために巨額の損失を計上しましたが、繰越控除制度を利用しているので、その後業績を回復しても法人税を払わなくて済んでいます。
資産管理会社の借金がなくなったので、次男にスムーズに資産管理会社を承継することができます。
②築15年の賃貸マンションも処分
次に築15年の賃貸マンションも売却しました。これもバブルが弾けてまもなく建築したので、建築費が高く採算が取れていません。その当時は家賃保証するからということで建てましたが、最近になって不動産会社のほうから「逆ザヤになっているので保証家賃を下げてくれ」と言われ、やむを得ず保証賃料を下げました。
建てるときの事業計画書では賃料が上がり続けることになっていました。「話が違うじゃないか」と怒りたいところですが我慢するしかありません。給湯器が壊れるなど修繕費もかさみ始め、この先大規模修繕も必要となってくるため売り時だと判断しました。
親が残してくれた土地を売却するのは偲びなかったですが、不良資産は早く処分して、子供に優良資産だけを残してやるべきだと説得しました。
建物は鉄骨造。検査済証がない。風呂・トイレ・洗面所がセットのユニットバス。部屋が小さく、天井が低いなど多くの欠点はありましたが、地下鉄駅から歩けるという利点もあり、最終的には希望金額以上で売れました。
売却にあたっては、新興の不動産会社数社に声をかけました。彼らはファンドや投資家に転売を行なっているので、最も高く買ってくれる可能性があるからです。
しかし、上記の欠点があったので、物件不足と言われていたときですが、なかなか手を上げてくれるところはありませんでした。特に、検査済証がないとローンが付きにくいため、ファンドも腰を引くという状態でした。
事実、その後買ってくれた不動産業者はファンドへ転売ができず、また他の不動産会社へ買った金額と同等で売却したそうです。最後に買ったその不動産業者は今、買手がいなく困っています。まさに「ババぬきゲーム」のような話でした。
時期を間違えていたら大変なことになっていました。Sさんも良い時期に売却できたと喜んでいます。
③借りていた事業用土地建物を購入
2店舗目の事業用土地建物は借りて運営していました。毎月の賃料は200万円。時代の変化で顧客が減ってきていたので、毎月の賃料の負担が重くなっていました。
そんな時に、土地建物の所有者が買ってほしいという話を持ち込んできました。オーナーの破綻で、競売になりそうだからでした。競売になったとしても事業用の土地建物で、しかもテナントがいるので、第三者が高く買うことはありえません。そこで、テナントのTさんに購入してもらえないかという話でした。Sさんにとっては、相場より安く買えるチャンスです。
こうした不良債権付き物件を任意売却で安く買うためには、銀行の承諾が必要になります。妥当な価格についての理論づけをして、銀行に提出しなくてはいけません。しかも、競売よりも少し高い価格を設定しなくてはなりません。あまりにも安い場合、銀行が競売にかけてしまうからです。
そこで、当社では路線価格、地価公示価格、近隣取引事例、収益還元価格の4つの指標から価格を割り出し、査定書を作成しました。テナントがいて事業を行なっているわけですから、仮に更地にしようとすると大変な補償費がかかり、実質的には難しいのです。そこで、収益還元法と取引事例法で出した価格を6対4で按分して算出することにしました。ちなみに、収益還元法では、この物件のようにワンテナントの商業施設はリスクが大きく、しかも老朽化しているので価格はかなり下がります。
こうして、こちらが希望する価格を査定書にして銀行に提出したところ、売却の許可を得ることができました。結果的にはその当時の相場の60%で購入することができました。もちろん毎月払っていた家賃よりも低いローンの支払で済んでいます。家賃は払いっぱなしですが、購入すると毎月ローンの残債が減っていくので得した気分になります。
事業会社名義で購入したので、将来事業から撤退するときでも含み益で撤退費用を捻出することができます。撤退費用とは建物解体費、社員の退職金などです。これで長男への事業承継がしやすくなりました。
④一部事業を辞め事業用地を売却
誠に残念でしたが、Sさんは2年後に断腸の思いで任意売却によって取得した店舗を閉鎖することにしました。昨今の不景気と競合店舗の乱立、設備の老朽化など総合的に考え、早めの撤退を決断したのです。お客様やフランチャイザーへの連絡、社員やアルバイトの整理などやることが山ほどあります。
店舗を整理する前に行なったのは、解体して更地にした場合に希望価格で売却可能であるかの判断です。駅にも歩け、まとまった面積もあるので、まずはマンションディベロッパーにあたってみました。ところが昨今販売価格が低迷しているということと、斜線制限が厳しく容積一杯に建てられないということがわかりマンションディベロッパーへ高値で売ることは困難であると判断しました。
それではということで、入札方式により売却することになりました。土地の最有効使用は戸建住宅の分譲です。ということは、戸建分譲会社が最も高値で札を入れることが想定されます。リーマンショックも重なり戸建分譲も厳しいことは予想されました。また、戸建分譲業者は極端に入札を嫌います。そこで、数社に絞っての限られた中での入札方法にしました。入札要綱に盛り込む内容は、入札のスケジュール、物件固有の承諾事項、最低入札価格など売主の希望事項です。
入札のポイントは買主に分かりやすくしておくことです。建物付きでは無く更地にして渡す。杭は地下2メートル以下を残す。区画割の案を添付しておく。その地区の建築制限等を予め調べておく。確定測量図を作成しておく。要するに買い手の担当者の手間をなるべく少なくしてあげ、不動産を商品化しておくことです。不確定要素が多いとその分をリスクとして捉え価格が下がってくるからです。
戸建分譲会社は事業計画を立て、販売価格からかかる費用と利益を控除して土地価格を決めます。ところが、競争原理が働くと無理してでも取りにかかるという状況が生まれます。その部分で価格が上がり依頼者に貢献できるのです。
結果は購入価格より約20%高く処分できました。会社の損とぶつけるので譲渡益に課税はありません。店舗をたたむための撤去費用、退職金なども売却益で確保することができました。事業用地を任意売却で購入しておいたために、撤退費用を十分にまかなえた他、多少の余剰金も生まれました。後から振り返ると、事業が苦しい中、無理してでも購入しておいて正解でした。
一店舗を閉鎖した後、本店の経営を長男に任せています。依頼者は「まだまだ息子は頼りない」とおっしゃっていますが、財務体質を強化された上で息子に安心して事業を承継することができるようになってホッとした表情です。次は相続の事も視野に入れなければなりませんが、中小企業経営者にとって見れば、自分の将来の相続より目の前の事業がきちんと引継がれることのほうが重要なことなのです。
一旦、リストラして縮みましたが、まだ資産もあるし営業利益は黒字です。後は長男次第でまた事業を拡大させることも可能です。今は長男の成長と活躍を見守っています。
依頼者の感想
以下にSさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
早めの決断がモットー
私の性格は、先手を打って早めに対応するということです。銀行の方にも言われたことがあります。「貸し出しをすると、すぐ返されますね」と。何年も借りていることが好きではないのです。借りたそのときから、今度は返すことに向かって頑張るということです。
見切りも良いほうだと思っています。今の事業も赤字ではありません。ただ、周りに大手のライバル店が出来たことで会員が減っています。土地の価格が下がるなど環境も変わってきたので、パッと切り替えました。それがあとになってよかったことになるかはわかりませんが・・。
福岡の賃貸マンションは今だったら買い手が見つからなかったかも知れません。タイミングがよかったと思います。社会情勢や不動産市況など、全体的な動きを良く見ながら判断することが大事だと思いました。
私はまだ66歳ですが、早め早めに対策をとる理由は、早く自分がラクをしたいからです。自分が元気な内に、あとのことをやっておきたいということです。事業承継や相続対策は気力・体力が充実しているうちにやらなくてはならないのです。健康なうちなら色々と対応も出来ます。多く残そうというのではなく子供たちを幸せに出来ればという気持ちです。これまでは、最終的には税金で取られてしまっているという実態がありましたので。
家族の幸せとは
家族の幸せとは、みんなが元気で楽しく、明るく暮らせるということです。そこにお金があれば、さらに良いという感じです。相続を乗り越え、家族が幸せになるためには、お互いが納得することだと思います。事前の話し合いも大切です。
家族を皆、役員にしてしまうと事業の支配権をめぐってもめることがありますから、私は長男に集中させたいと思っています。これから、私がまだ元気なうちに、最終的には次男や長女が困ったときでも長男のところに来ればいいという世界を作っておきたいと思っています。
相続は家督相続がいい
今の一般的な相続のやり方は、兄弟がばらばらになってしまう危険があるような気がします。本家も分家も皆同じになってしまうような分け方はどうなのでしょうか。
私の家にはそういった空気は流れていないと感じています。他人の失敗事例から学ぶ事は多いですね。本家、分家の気持ちが離れると、よく裁判を起こしています。そして結局は、税金が払えなくてパンクしてしまっています。
やはり、家族の柱は残していくべきです。
次の相続対策も
今後、優良な不動産を安く買えるタイミングが来たら、今まで売却した収益不動産を買い戻すということもしたいと思います。そろそろ自分も年なので、今度は個人の名義で買って、節税も必要かなと思います。そのためには借金が必要ですが、なるべくお金を貯えておくことも必要でしょう。
優良な土地とは、商売用なら表通りに面しているということです。親が資産価値の上がるものを持っていてくれたことに今感謝しています。ですから、それを次の代へと引継いでいかなくてはなりません。
朝と晩に、先祖に対し線香をあげることも子供たちには受け継いでほしいと思います。子供たちも私のそうした気持ちは分かってくれているはずです。口で言うのではなく、互いに感じるもの、感じさせるものです。言ってしまうと価値が薄れてしまうような気がします。
私の哲学
若い頃にヘッドレベルでなく、ハートレベルでやれば生きている充実感があると教わりました。損得よりもハートレベル、感性の世界を優先して生きていきたいと思います。損得ばかりだと人間が小さくなってしまいます。人間ですから損得もありますが、自分だけが得をするという世界で生きていきたいとは思いません。
そういう面では、福田さんもすごいと思います。成功事例発表会などで成功の秘訣を惜しみなく話すということは、なかなか出来ることではないと思います。しかも、話し方が力んでいないところがいいです。人間性だと思います。正しく生きていこうというエネルギーを持っている方だと思います。
最近は本業のほうもお客様の数ではなく、お客様が楽しんでやってくれればいいなあと感じています。私の家族に対する気持ちと同じです。皆が、元気で楽しく明るく暮らせれば、それでいいのです。
■コンサルのポイント その4 マメに連絡する
ミサワホームで支店の責任者をしていた時の事です。現場管理者がお客様に対して建築の進捗を報告することにはなっていましたが、現実には忙しい現場管理者はお客様に対し適宜電話連絡をすることが出来ていませんでした。そこで現場管理者に一日一回の報告を義務づけるルールにしました。特に報告することが無い日であっても、あえて「今日は何もありません」と伝えてもらうほど徹底させました。すると、驚くことにユーザーアンケートの評価が飛躍的に上がったのです。現場管理者は毎日のことなので、報告がそれほど重要とは思っていませんが、お客様は一生に一度の大きな買い物なので、期待と不安で一杯なのです。
会社組織の中では大半の上司は部下の報告が少ないと感じています。が、部下は十分に報告していると思っています。上司にとってどの位の頻度が良いのかというと、シツコイくらいが丁度良いのです。報告の際は必ず結論から言ってください。良い報告の時は簡単ですが、悪い報告の時は言い訳がましくダラダラ時系列に報告してしまいがちです。悪い報告の時こそ結論を先に言います。ダラダラ話していると相手をいらいらさせるだけです。
ちなみに宅地建物取引業法でも専任物件の告知義務があります。第34条2項8号に2週間に1回以上、もしくは1週間に1回以上依頼者に報告しなければならないとあります。報告義務が法律で規定されるくらいに大事なことなのです。
■コンサルのポイント その5 一緒に悩まない
私は「積極的に依頼者の言葉に耳を傾け、思いを理解してください」と言っています。ところが、依頼者の悩みを熱心に聴くあまり一緒に悩んでしまうこともあるので注意が必要です。一緒に悩んでしまえば永遠に問題は解決しません。コンサルタントの仕事は依頼者と悩むことではなく、問題点を整理して解決策を提示することです。解決できない事を悩んでいても時間の無駄であり、精神の消耗となるだけです。
ところが、この問題と依頼者の悩みの区別ができていない人が多いのではないでしょうか?問題とは解決すべき課題と割り切ってください。依頼者の悩みのほとんどは漠然とした心の問題であって、解決すべき課題にはなっていません。
逆に悩まない資産家の方々もたくさん見てきました。譲る気持ちと感謝の心をお持ちの資産家は悩みません。いつも心が平和で幸せです。逆に資産があることによって資産に縛られ悩み苦しむ資産家はあまり幸福とは言えません。その呪縛を解きほぐすのがコンサルタントの役割なのかも知れません。
■コンサルのポイント その6 依頼者の経済的利益に着目
コンサルタントの報酬には2つの種類があります。一つは依頼者に利益を与えることによって発生する報酬(A)です。依頼者が何もしていなかったとしたら逃していた利益を認識させ、その対策案を実行に移して得た利益に対して一定の割合を報酬にするという考え方です。もう一つは手間とかけた時間に対しての人工(にんく)としての報酬(B)です。
Aの経済的利益の仕事の代表的な例は弁護士の訴訟事件です。一般的な報酬規定によると1千万円の経済的利益が得られるとすれば、15%の150万円を報酬の標準額としています。何もしなければ1千万円の損失がある所を救ったので、報酬が生まれるという事です。
Bの人工は、その人が年間1千万円稼ぐと想定して、年間実質250日働くとすれば日当が4万円となります。1日で出来る仕事なら4万円の請求、3日で出来る仕事なら12万円の請求となります。成年後見人手続きに対する手数料などが該当します。
稼げるコンサルタントの特徴はAのお客様に与えた経済的利益によって算定できる仕事をしている人です。