連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(12)」 ~資産設計の実行により収益力・換金力・節税力を向上させる~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
第12回 千葉県市川市 Uさん
~定期借地権、戸建貸家、コンセプトマンション、都心一棟マンション購入、一連の資産設計実行により収益力・換金力・節税力を向上させる~
千葉県市川市にお住まいのUさん。農地が区画整理の対象となり、換地が終了しました。農地の宅地並み課税が襲い、どうやって固定資産税を払っていくか途方にくれていた。そこで、まずは定期借地を行い、保証金を利用して戸建貸家を建築。その後、ご自身のマーケティングセンスを活かして、コンセプトマンションの建築、都心のマンション一棟購入といったリストラ対策(資産の再構築)を進めていった事例を紹介します。
-依頼者の状況-
依頼者は…
Uさん 被相続人 父75歳 母70歳
相続人 長男45歳
資産内容は…
千葉県市川市に
①農地 4,500坪
依頼者の要望は…
①農地が区画整理で換地されて返ってきた。有効活用したいが、周りの人もアパートを建ててアパートは供給過剰気味だ。失敗のない土地活用を行いたい。
②父母ともに健在だが、相続のことも考えておきたい。
実際の展開は…
1.まずは定期借地権を
Uさんは、代々、農業を続けてこられました。広さは1丁5反で、坪にすると4,500坪弱です。その農地が区画整理の対象となりました。
「当時は会社勤めをしていましたが、朝から晩まで働いて年収は360万円位。そこに農地の宅地並み課税ということで、どうやって固定資産税を払ったらいいのか途方にくれていました。それから、相続の問題も考えておかなければなりませんでしたし」。
こう語るUさんの周囲には、土地活用をしてみたもののバブルが崩壊して失敗したという人も多かったのです。たとえば入居者に立ち退いてもらうために、それまでに支払ってもらった部屋代のすべてが消えてしまった、などという話も少なくありませんでした。
「土地活用はしたいけれど、失敗はしたくない」。それがUさんの当時の偽らざる心境のようでした。
そんな時に、ある銀行の支店長が、私をUさんに紹介してくれたのです。
Uさんの話を伺った私は、一次相続(お父さんからの相続)と二次相続(お母さんからの相続)に分けて対策し、一次相続対策を急ぐことを提案しました。
一次相続対策としては、「まず定期借地をしましょう」と話しました。具体的には1区画50坪を9区画、合計450坪です。これは地代が総額で年430万円でしたが、それだけではもちろん収益としては多くありません。保証金の活用がポイントになるわけです。保証金は9区画合計で1億2,000万円。この保証金で戸建貸家を4棟建てることにしました。これは1棟2,000万円で合計8,000万円です。
戸建貸家にしたのは、アパートでは供給過剰になるというUさんの考えによります。実際、Uさんの土地の周辺ではアパートは沢山建てられましたが、戸建貸家は今でも他にありません。その意味でUさんのマーケティング感覚は優れていた、ということができます。
その直後お父さんが亡くなられて、相続が発生しました。相続税はUさんと妹さんの分を合計して1億8,000万円程度です。これは市街化区域内にあった宅地110坪を売却して得た約7,000万円と、定期借地権の保証金のうち戸建貸家の建築費に使った残りによって納付することにしました。
納税までの10ヵ月間は短いものでしたが、事前の対策がしっかりしていたので慌てることはありませんでした。
また、この相続をめぐっては定期借地の評価減がタイミングよく決まったことが幸いしました。というのは、以前は定期借地による土地評価額の減額は2割しかなく、相続対策としての効果はあまりなかったのですが、その後4割の評価減に変更されたのです。この点も含めて、一次相続対策は、ギリギリのタイミングで間に合ったと言えます。
2.ペット共生型コンセプトマンション
そうして、二次相続対策が始まりました。
総工費1億8,000万円で、お母さん名義の170坪の土地に3階建て鉄筋コンクリート造りの賃貸マンションを建築したのです。このマンションはペット共生型で、2LDK(67㎡)が11世帯と1店舗。1階の店舗は当初クリーニング店が入居していましたが、今はペット病院に変わりました。ペット共生型マンションにとり、理想的なテナントです。
この建築資金を捻出するために、約600坪を売却しました。そのままでは利益を生まない市街化調整区域の600坪の土地を売却して、利益を生む建物へと積極的に資産の組み替えを行っていったわけです。
さて、このペット共生型マンションですが、ペット可ではなく、ペットと同居する入居者のみを対象としたペット専門のマンションです。Uさんは近隣と同じでは過当競争に巻き込まれると思い、何か一つの特徴を備えたコンセプトのあるマンションを希望されていました。
万人向けに広く浅くという方法もあったのですが、これからは専門店で行くことが重要であると判断したのです。学生専用、支店長専用、高齢者専用、外国人専用、水商売専用、ペット専用、など半年位かけて企画を練りました。
その中から消去法によってペット専用マンションが浮上したのです。コンセプトは「人とペットがともに心地よくあるように」でした。そのために、人も快適、ペットも快適なアイディアを住設備にふんだんに盛り込みました。
たとえば、エントランス横にあるウンチダスト、散歩の後始末がここでできるようになっています。なおUさんは、近所の住民が利用できるように外部にも開放しています。その横にはフットシャワーを設け散歩の後にペットの足を洗えるようにしました。玄関にはペットフェンスを設け、飛び出しによる事故防止に備えています。床材は滑らない塩ビシートを使用、防水加工してあるので水漏れにも安心です。壁は110cmの高さで上下を貼り分け、退去時は下だけの交換で済ませることもできるようになっています。感電防止のため、コンセントは1mの位置に設置しています。ペットコーナーでは強制換気扇を設け、臭気対策もしています。浴槽での洗浄では毛が配管に詰まる恐れがあるので、ペットシャワーコーナーをバルコニーに設けています。
Uさんは「完成してからも嬉しかったのですが、企画を一緒に煮詰めている間が一番楽しかったなあ」と話しています。依頼者、企画者、設計者が納得するまで喧々諤々議論をしたからです。イメージが湧かないときは、現物を見に行ったり、住宅設備メーカーのショールームや建築資材の見本市や類似物件を一緒に見学しました。このように納得のうえ進めたことが、後悔しないためのポイントでした。
「コンクリートの打ち放しは、ある意味で冒険でした。でも、未だに存在感がある重厚な表情を見せるこのマンションは、心の中でそっと自慢しています」と、控えめなUさんもこのときばかりは心境を素直に語ってくれました。
もっともUさんご自身が大のペット好きで、ビーグル犬を飼っています。
「先日、愛犬が病気になって、テナントの動物病院に連れて行きました。治療費が最初の購入費を遥かに越えたけど、子供の命には代えられない気持ちですね」。
この時点で二次相続の心配は半減していました。しかし試算してみると、まだ少し納税が必要です。
3.都心へ「資産の組み替え」
そこで次に取り組んだのが、都心でのマンション購入です。
お母さんの名義で中央区八丁堀に11階建てのマンションを1棟購入したのです。1室20㎡のワンルームが26戸と35㎡の1LDKが2戸。土地が30坪ついた新築物件です。
今、都心ではワンルームマンションの規制が強まっていて、今後、中央区ではまとまったワンルームマンションが新築できないため、将来的にも需要が見込まれます。しかも地下鉄駅から2分の立地、東京駅からも歩いていくことができます。バブル期には何十億円もしたような物件が手の届く価格で購入でき、しかも都心から地価は下げ止まり、再上昇も始まっています。このタイミングを逃さず、さらに積極的な資産の組み替えを行ったわけです。
購入費用は諸費用を含め総額4億8,000万円。その内、3億3,000万円は30年ローンを組みました。そして不足分を補うために、定期借地の底地権を3区画分6,000万円で売却しました。その他に、計画道路で収用される調整区域の土地を、約1億円で買い取ってもらいました。
このマンションからの家賃収入は毎月240万円、返済は120万円です。
Uさんの資産状況からみれば、確かに3億円以上の借金はリスクも伴います。これをヘッジする必要があるわけですが、都心の物件は最悪の場合、不動産ファンドなどへ売却もしやすいというメリットがある点が、ポイントになりました。
「ワンルームマンションをバラバラに購入する人もいますが、一棟売りのほうが断然いいですね」とUさん。資産を所有する醍醐味を味わっています。
これで、相続対策も完結です。資産税に詳しい専門の税理士と顧問契約を結んでいるので、購入前に相続税・所得税・事業税などを詳細にシミュレーションしてもらいました。その結果、相続税はしばらくの間は掛からないことが判明、収益によって現金資産が増え、借入が減るので将来的には課税される時期が来ることも分かりました。ところが、今の収益力を持ってすれば何も心配することはありません。これも、典型的な資産の組み替えであることは、ご理解いただけるでしょう。
4.前向きな資産リストラ
こうして7~8年計画でUさんの資産のリストラが完了しました。リストラとは再構築という意味です。稼がない資産を稼ぐ資産に組み替えることです。
Uさんとお母様を合わせた収入は年約5,000万円。その内の半分、約2,500万円が借入金の返済に充てられています。この返済金が半分というのは、Uさんの資産状況から見ると、ちょうどよい程度だと言えるでしょう。これ以上、返済金の比率が高くなると、レバレッジ(梃子)が利きすぎていることになります。つまりリスクがそれだけ高い運用ということです。しかし、この範囲であれば、万一の予測できない事態があっても、返済は十分に可能ですし、イザとなれば資産の売却などでクリアすることができるからです。
それにしても、私もUさんのご相談に乗り始めた段階では、ここまで積極的な資産の組み替えまでは考えていませんでした。というのは、東京のど真ん中にマンションを1棟買えるということは、とても想像ができなかったからです。
次の課題は、所得税対策です。所得がお母さんに蓄積されていくと、それに相続税がかかってしまう恐れがあります。そこで所得分散を図るための法人化を現在進めているわけです。それが終われば、Uさんの資産リストラは100%完了することになります。
依頼者の感想
以下にUさんの感想を付け加えておきます。依頼者の視点が見えてきます。
定期借地の際に、アパートではなく戸建貸家にした理由
「アパートは、この辺りでは過当競争になるのが眼に見えていたんです。その点で戸建は希少価値があるでしょう。需給がアンバランスなんです。自分の家が持てなくても集合住宅はいやだという人は、たくさんいるはずですから。それに、オーナーの立場から言えば、いざとなれば一戸ずつ売るのも簡単ですからね。」
個人の資産リストラには知識が必要
「知識がないと、本当にバカを見るというのが正直な感想ですね。区画整理が進行中は、いろんな業者が来て、建物を建てて借金をつくって評価減しましょうということ一辺倒でしたから。それから比べると、資産のリストラを行っていくという手法は、知識がなければとても思いつきません。でも、その結果として今の生活があるわけで、ちょっと信じられない気分です」。
「自分で直接知識がないとすると、指南役を選ぶ必要があります。その判断力だけは、やはり求められましたね。」
現在の生活について
「ゴルフが趣味だったんですが、仕事をしていたときは時間もお金もなくて。何しろ朝から晩まで働いて月給は25万円位でしたから。それでも、ゴルフに行きたくて行きたくて。ところが、今は時間もお金もできてきました。そうなると、行きたいという気持ちも薄らいでしまうんですよ。ゴルフを始めてから、今が一番行っていないのではないかな。だから、今はやりたいことを探している時期です。平凡を続ける非凡さのような、境地に達してきたのかな。」
■コンサルのポイント その34 すぐにやる
千葉県松戸市役所に松本市長が肝いりで設置した「すぐやる課」というのがあります。市民から依頼があれば職員が飛んでいき、蜂の巣の駆除から道路の補修まで、頼まれた事はなんでも「すぐやる」のです。決してたらい回しにはしません。たいへん評判の良い制度で大反響となりました。全国の自治体から視察がありましたが、そのままその制度を取り上げている自治体はほとんどありません。「すぐやる」というのは、それほど難しいことです。
ビジネスではお客様への対応はスピーディーに行うのが当然とされています。とりわけ、クレームがあった場合には、他の重要な仕事があってもキャンセルして馳せ参じるということが大切です。
コンサルタントの中には完璧な企画提案書を作ろうとして、依頼者の許容時間を気にしない人もいますが困ったものです。依頼者は正確無比な完璧な情報を求めているとは限りません。むしろ、大まかで良いから、早く情報を取得して判断したいというケースのほうが多いのではないでしょうか。その場合、資料の出来は60点でも良いから、一週間もかけずに翌日にお渡ししたほうが喜ばれるのです。その資料の情報を基に次のステップを検討することはよくあることです。完璧な企画提案書を作ったとしても、そもそも的が外れていては意味がありません。
場合によっては宿題として持ち帰らずに、その場でおおまかな相続税を示してあげたり、その場で簡単に坪単価や坪賃料をはじいておおまかな収支を出してあげるほうが、翌日に計算して持っていくより喜ばれるでしょう。依頼者が求めているのは、物事を判断するに必要たる情報なのです。
確かに大きな課題やプロジェクトだと、準備するのに時間がかかりますが、そんな場合でも、とりあえず着手してしまうことが大切だと思います。
不思議なことに着手してしまうと、考えが前向きになり新しいアイディアや筋道が見えてきたりするものです。複数の仕事を抱えているときは一つ一つ片付けるのではなく、まずはすべての仕事に着手してから一つ一つ片付けたほうが効率的です。
■コンサルのポイント その35 紹介者への対応
不動産コンサルタントの仕事の依頼は信頼がベースにある紹介が基本になります。インターネット時代にはあまり良くない事かもしれませんが、当社の仕事の依頼は100%紹介からです。
紹介者のタイプは3つに分かれます。一つ目はお客様がリピーターになる、もしくは他のお客様を紹介してくださる。一つ依頼をするとコンサルタントはお客様の全ての資産を把握することになるので、続けてポートフォリオの相談ができます。10年以上のお付き合いになることもあります。また資産家の方には同じ様な悩みを持つ資産家の知り合いも多く、似た境遇の人からの紹介は信頼感があるので、成約に結びつきやすいのが特徴です。
二つ目は税理士、銀行員、不動産業者などからの紹介です。お客様のお金を扱う仕事をしているので、紹介してくださる機会も多くなります。ご自身の専門の立場からもアドバイスの後押しをしてくれるので心強い紹介先です。三つ目は建築士、測量士、司法書士、マンション管理士、友人・知人などのネットワークです。広くアンテナを張り巡らせておくと、思わぬところからお客様につながります。
紹介者への対応のポイントは①報告はマメに。紹介した人は責任があるので、進行具合が気になります。自分ではちょっと多すぎると思う位のマメさで報告します。お客様+紹介者へ2度プレゼンするつもりで対応します。きちっと報告をしていると、たとえその依頼がまとまらなくても紹介者は納得してくれ、手間をかけさせたと思いまた違う人を紹介してくれます。
②意思決定に参加してもらう。クロージングの時に紹介者の方に一押ししてもらうと紹介者の顔を立てる事にもなります。紹介者はお役に立ちたい、一肌脱ぎたいと思っているので、出番を喜んでくださいます。ただし、紹介者には責任を負わせません。決定の責任を持つのは本人とコンサルタントです。③御礼をしっかりする。紹介してくれた人には感謝の気持ちを何度でも伝えます。もちろん、紹介を業としている方には規定の紹介料をしっかり払います。
そもそも紹介は責任が生じる事なので、進んではしてくれません。黙って待っていては来ないのです。日本人ははっきり言わないことを美徳としていますが、「紹介してください」とはっきり伝えることも重要です。
■コンサルのポイント その36 スピーチ力を磨く
複数のプロジェクトメンバーが関わってくるので、コンサルタントの仕事は人前で話すことが多い仕事です。お客様だけでなく関係者も沢山いる中で自分の考えを明確に伝えられなくてはいけません。その為に必要となるのがスピーチ力です。
私が幸いにもスピーチ力を身につけられたのは20数年前のミサワホーム時代に人事部の研修担当になったことがきっかけです。その時は新人研修の講師として、月2回約100名の新人の前で話しました。日常業務が研修の司会ということで、人の前で話す機会がたくさんありました。もともとは、大勢の前で話すことは苦手で緊張していましたが、その時の経験のお陰で慣れてきました。
緊張対策として有効なのは、第一に“慣れ”だと思います。場数を踏むことによってどんな話下手な人も上手くなっていきます。第二に“徹底的な準備”だと思います。頭の中で自分のストーリーを考え、自分なりの答えを用意しておきます。スピーチの下手な人のほとんどが準備不足だと思います。逆に言えば、準備をすれば誰でもある程度スピーチは上手くなるものだと思います。
セミナー前には、原稿の準備をしっかりとやり、自分でもその原稿を読みますが、必ず本番のように練習します。何人かでパネルディスカッションなど相手がいる場合には相手役もやってもらい、本番の様に練習します。そうすると、新しい質問が浮かんだり、もっと良い答え方が浮かんできたりもします。本番さながらに練習することで、実際会場に行ってもイメージトレーニングである程度慣れているのであがらなくなります。
スピーチは流暢で無くても、内容が相手にきちんと伝われば良いと思います。
セミナー講師などの機会がなくても、普段の会議の場で積極的に発言をしたり、練習となる場はあると思います。私はカーネギーのスピーチの研修会も大変勉強になりました。セミナーもたくさん開催されているので、行ってみても良いと思います。色々な機会があるので、慣れるまで沢山経験してみて下さい。
*『事例から学ぶ 安全・安心の相続と資産運用』(住宅新報社)に収録した事例を基に再構成しています。