連載「実践 事例で考える 不動産コンサルティングの進め方(19)」 ~任意売却と債権の買い取りで再生支援~
福田 郁雄 株式会社福田財産コンサル 代表取締役
第19回 Jさん 東京都内
~任意売却と債権の買い取りで再生支援~
東京都内のお住まいのJさん。親から相続した土地に自宅・店舗・賃貸マンションの複合ビルを建て、店舗で自営業を行っていました。が、経営不振・賃貸マンションの空室によって、ローンの支払いに苦労するようになったため、地元の不動産業者を介して当社に相談がありました。任意売却と債権の買い取りによって、再出発した事例をご紹介します。
-依頼者の状況-
Jさんは自宅、自店舗、賃貸マンションの複合ビルをお持ちでいらっしゃいました。1階の店舗で鮨屋を経営していましたが、目の前の道路事情が変わりお客様の入りも減ったので店を閉めることにしました。また、駅前にマンションが建築され、競合が増え、賃貸マンションも空室が目立つようになりました。経営不振と空室によって賃料が入らないため、銀行ローンの支払いに苦労し始めました。毎月、督促状が届き精神的にも苦痛でしたが、何をどうすれば良いのか分からない状況でした。
依頼者は…
Jさん 65歳(自営業)
家族構成 妻 63歳
お子様2人は独立済
資産内容は…
複合ビル(自宅、店舗、賃貸マンション) 評価 5500万円
銀行ローン 9000万円
※3500万円の債務超過
依頼者の要望は…
お店の経営の失敗とビルのローンの返済が重なり、支払が苦しくなっています。借入先のメガバンクからは、これ以上滞納が続けば競売にかけると言われています。知り合いからは、「競売になるまで時間稼ぎしなさい。ローンの返済は止めてそのまま家賃を手元に残しなさい」とアドバイスされています。しかし地元で人の目もあるため、競売はやはり避けたいと思います。今、所有するビルを売っても借金は残りますし、住むところも無くなってしまいます。どうしたら良いのでしょうか?
コンサルタントから見た課題は…
①所有するビルの評価は残債より低いので、売却しても無担保の債務が残る。
②競売になっても自己破産しない限り債務は残る。
③店舗、自宅、賃貸マンションの複合ビルなので買手は限定される。しかも、一階の店舗は条件が悪く、二階の自宅は広く貸しにくい、はたして保証会社が納得する価格で買主を見つけることができるだろうか?
④任意売却の場合、保証会社、サービサー、買主、売り主へのお金の配分が重要なポイントになるが、折り合いがつくか?
⑤土地は相続で取得したものなので、取得費がほとんど無い。債務超過なのに譲渡税がかかるかもしれない。
⑥自己破産以外にJさんの全ての債務を帳消しにし、かつ、いくらかの資金を残して、新しい生活を始められる方法はないか?
-事例の実際の展開-
1.事業の撤収と入居者つけ
Jさんは父親の代から続いていた鮨屋を辞めて、1階の店舗を賃貸にすることにしました。これは断腸の思いでしたが、赤字を止め、逆に賃貸収入を得てローンの返済に回すためなのでやむを得ない決断でした。テナントを探し、25万円の家賃で新しく定食屋が入りました。が、道路事情が悪くなった状況は変わらないため、店舗経営は難しかったようです。
賃貸マンション5戸のうち、2戸の空室が半年以上続いていました。知り合いの不動産業者さんにお願いして、入居者付けをしてもらい1戸埋まりましたが、別の入居者が退去するといういたちごっこが続いています。修繕費が出せないので、建物は傷んでいきますし、それによって入居者から敬遠されてしまうという様に悪循環となっています。入居率と賃料の低下が直撃し、9,000万円残っている銀行ローンの支払いに苦労していました。
時代は小泉内閣の構造改革時で、メガバンクが不良債権を次から次へと処理していました。Jさんのところにも督促状が届き始め、このままでは競売にかけると言われました。「ローンの返済は止めてそのまま家賃を手元に残し、競売まで粘りなさい」という知人のアドバイスもありましたが、ご近所の目もあり、競売は避けたいと考えました。
そんな時、不動産業者さんを通じて、この案件が当社に紹介されました。当社で査定したところ、債務超過は歴然です。売却しても無担保の債務が残るだけです。競売は避けたいというJさんの意見を尊重して、任意売却をご提案しました。
2.任意売却の申し入れ(図1)
競売と任意売却どう違うのでしょうか?どちらも担保の物件を売却して、ローンの返済に充て、残りの財務が無くなる訳ではない点は同じです。競売は裁判所主導で行われ、競売になった事がオープンになり、オープンな市場の中で取引がされます。それに対して、任意売却は自分の意思で行うことができます。第三者からは、債務超過で売却したのか、普通に売却したのかは分かりません。また、引っ越し代を合法的に受け取ることが認められている点がメリットです。ただ、売却金額は、債権者(銀行もしくは保証会社もしくはサービサー)の了承が必要です。売却金額とその配分がポイントになります。
まずは買主を探します。この物件の1階はテナントが入っていますが、前述した通り、新しく入った定食屋も経営不振のようです。家賃の滞納が始まっていました。2階はオーナーの自宅ですが、こちらはオーナー仕様で、無駄が多く賃貸しにくい間取りです。賃貸マンションはフロ・トイレ・洗面所が一緒の3点ユニットバス、居室は和室ということで5室中2室空室のままです。売りにくい要素が多く、これはプロしか購入しないと判断し、一般の方ではなく買い取り業者に限定して当社で買手を探しました。当社とお付き合いのある専門の買い取り業者が購入を検討してくれる事になりました。安く購入できれば、リフォームを加え、商品化すれば転売できると判断したようです。
そこで、銀行が納得する査定書を当社で作成しました。買い取り業者が購入してくれる金額でありつつ、銀行に説明できる論理的な数字を出すのがポイントです。収益還元法よりは取引事例比較法の方が低くなったので、取引事例比較法で作成しました。土地価格は路線価からそのまま算出しました。建物価格は建築年の建築単価から算出し、減価償却分をマイナスし、手入れが行き届いていない点と、1階の不良テナントの入居を考慮しました。また、自宅併用のため、一般の市場流通性が低い事も加えました。これによって、5,500万円という数字がでました。
この算定書から、債権者は競売にかけたとしてももっと安くしか売却できないと判断し、算出した価格での任意売却に応じてくれました。
3.買い取り業者と売買契約
売却資金は全て債権者への返済に回されるので、売り主のJさんはいくらで売却されても良いと理解しました。買主の買い取り業者はなるべく安く購入したい意向がありますが、売主はその意向に答えたとしても、実害はありません。ここが任意売却の一般の取引とは違う点です。測量費や明渡し費用など不動産の取引に必要な費用は、債権者の同意を得て売却資金から支払うことができます。引越し費用は債権者より50万円ということで認めていただけました。実際にはそれほどかかっていないので、差額は生活費にすることができます。競売では、引っ越し費用は誰も出してくれません。
実は決済日までにJさんの引っ越しが間に合わなかったので、買主は物件の引渡し後も、引越しまで数日間そのまま住んでもらっても構わないと融通してくれました。本来は決済前にJさんはアパートに引っ越さなければいけません。これは、当社とお付き合いのあった買い取り業者さんの御好意です。しっかり合意書を交わした上で、対応していただきました。
4.配分表の作成
この時点で第二順位のB銀行は債務をBサービサーに譲渡していました。第一順位のA銀行はA保証会社に代位弁済をしてもらっています。複合ビルの売却額は5,500万円です。これらは債権者に割り振られますが、その案を配分表にして、債権者の合意を得る作業をします。(表1)
第二順位のBサービサーはすでに回収は無理なので、和解金(判子代)を要求します。Bサービサーの抵当権を抹消してもらわなければ、売却できない事を見越してのことです。150万円でした。ちょっと高いかなあと思いましたが、ここは我慢です。第一順位のA保証会社も、それは高いんじゃないのと言いながらもしぶしぶ了承していただけました。
取引にかかる費用を予め、A保証会社に伝え了承を取っておきました。具体的には、不動産会社の仲介手数料、測量費、一階テナントの明渡し費用、司法書士の登記費用です。これに売主本人の自宅の引っ越し代がトータルの費用です。売買代金からこれらの費用を引いた額が、A保証会社への返済に回ります。今回は5,000万円がA保証会社への返済へ充てられました。
債権者の納得できる配分表を作れるかどうかが、コンサルタントの腕の見せ所です。債権者が競売よりお得であると感じてもらうと同時に、分配先の関係者全員の了承を得なくてはなりません。
売主にも、買主にも、不動産業者にも、不良テナントにも、第一順位の保証会社にも納得いただける配分を考えなければいけません。第二順位のBサービサーもあまりに安い判子代だと抵当権の抹消に応じてくれません。それぞれが自分のカードを持って交渉してくるのが難しい点です。
5.Aサービサーとの交渉
A保証会社へ5,000万円返済しましたが、残り4,000万円は無担保の債務として残っています。これは返さない限り永遠に無くなりません。どうすれば良いでしょうか?Jさんの手元には50万円しかありません。
A保証会社はこれ以上の返済能力はJさんにはないと判断し、4,000万円の債権をAサービサーへと譲渡していました。保証会社はそのまま債権を持っていても償却出来ないので、譲渡して損を確定し損金として落としたいのです。
Aサービサーがいくらで債権を購入したのかは分かりませんが、バルクで安く購入したと考えました。Aサービサーもそのまま債権を持っていても意味がないので、売却したいところです。この債権を買いたい人はJさん本人しかいません。そこでコンサルタントが間に入り、Aサービサーとの交渉に当たりました。Aサービサーは最初150万円と提示してきました。が、Jさんの手元には50万円しかありません。粘り強く交渉しましたが、Aサービサーもなかなか折れません。
ずーと平行線が続きました。このままでは埒があきません。
そこで、ご紹介いただいた不動産業者さんの知り合いの弁護士さんに間に入っていただき、Jさんに150万円を払う余裕はなく、自己破産するしか無いことを伝えてもらいました。サービサーは自己破産をされてしまうと1銭も取れなくなってしまうので、Jさんの経済状況を考慮して、金額を100万円まで下げてくれ、しかも分割払いにしてくれました。毎月1万円の支払です。パート収入から家賃や生活費を支払うとなると、Jさんにとって1万円は大金です。それでも毎月1万円ずつ払っていけば、100ヶ月後には債務が無くなるのです。
こちらが想定していた金額よりも高い金額を提示してきたのは、当時サービサーも競争が激しく、仕事が減ってきたためと考えられます。これによって、当初9,000万円あったJさんの債務が資産の売却により、無担保の4,000万円になり、最後はサービサーとの話し合いで100万円になりました。
結果的に借りたお金を全額返さなくとも、債務を無くすことが出来たのです。
一般の人からすれば、借りたお金は全て返すものだとの認識があるのですが、再生の現場では事情が異なります。このような方法で一から生活をやり直す道があるのだということを皆さんに理解していただきたいと思います。債権者は命まで取りません。真面目な方は自殺ということも考えてしまうようですが、正面から債権者と向き合えば、やり直しが出来るのです。
6.税務署対策
最後は税務署対策です。どんなに上手い対策を取っても最後に税金でやられてしまうことは多々あります。今回、土地は親から相続した資産なので、譲渡益がかかる心配がありました。Jさんは今の時点で手元にほとんど資金がなく、税金を払えと言われても困ります。そこで、最悪は「強制換価等による譲渡」を利用することにしました。(資料1)これは、資産も資力も将来に亘ってないことを証明しなくてはなりません。税務署が納得できる資料を作成し、認定してもらわなければならなく、大変な作業です。
が、幸運なことに今回計算したところ、譲渡税はかからないことが分かりました。バブル時代あまりにも高い建築費で建築していたので、損が大きくて売却益が出なかったからです。
7.全員がWIN・WINとなった。
1.Jさん:住まいは古い2DKのアパートになりましたが、債務が無くなり借金の返済に追われない安らかな日々を送っている。
2.買い取り業者:入札ではなく相対取引により希望価格で購入できた。
3.債権者:債権譲渡損を無税償却でき、引当金を自己資本に戻せた。
4.不動産業者:Jさんに感謝され、仲介手数料も得られた。
8.任意売却と再生のポイント
ここで、任意売却と再生のポイントを整理してみたいと思います。
できれば競売を避けて、一からやり直したいというのが、債務者の気持ちです。そこで任意売却を検討するのですが、色々な条件が揃わなければ任意売却にすることは出来ません。
まずは、債権者の都合があります。債権者によって体力が違い、任意売却に関する認識も違います。競売より債権回収額が多いだろうとの予測の基で、任意売却に応じるのですが、オープンマーケットでの売買ではないので、価格が不透明です。結果的には競売の方が多く債権を回収出来ていたかも知れません。そのあたりの読みにより、判断が左右されます。
競売が決定し、裁判所の不動産鑑定士により、評価が出た後に売却基準価格と買受可能価格が提示されます。この価格から落札価格を予想します。実際には競売が終わってみないと分かりません。多くの場合、任意売却で確実な債権回収ができるのであれば、途中で競売を取り下げて、任意売却に切り替えることが多いです。
とりわけ今回のような、滞納者がいるテナントの複合ビルは、競売では入札してくる業者は少ないため、入札価格が安くなりがちです。
一方住宅地やマンションなど相場が出来ている物件の場合だと、価格予想がしやすく、判断が早いでしょう。
今回の事例のように相場が分かりにくく、売り出してみないと分からない場合、債権者の意見も別れ、任意売却が良いのか競売が良いのか迷うのです。
逆に相場が分かりにくいことを利用して、買主は相場より安く買える可能性も出てくるわけですが、逆に、査定を間違え、大きな損を出すこともあります。 したがって、プロでなければ、任意売却の取引に躊躇します。
また、任意売却は関係者全員の合意が無ければ進みません。となると、購入者は任意売却のことが良く分かっている業者が理想です。間に入る仲介業者もしくはコンサルタントが任意売却のツボを抑えることができなければ、せっかくの話を頓挫させてしまうこともあります。
そういう意味で、任意売却は話の分かったもの同士だけが許される取引です。債権者である金融機関もそのあたりのことは良く理解しており、任意売却の情報を伝える業者を絞っています。金融機関に信頼されている業者のみが、任意売却の仕事が可能となるのです。
平成21年12月の中小企業金融円滑化法の成立により、リスケジュールが積極的に行なわれ、最近では収益不動産の任意売却が激減しています。家賃収入が入ってくるのであれば、返済条件の変更によって、債権の回収ができるからです。返済期間を延ばす、しばらくは利息だけ払ってもらうなどの支払計画の変更が認められるケースが増えています。
中にはこのリスケジュールによって、再生を果たす人も出てくるでしょう。一方、不良債権の後送りになっているケースも多いです。早めに決着をつけ、再生に向けて進んだ方が良い人もいるはずです。問題を後送りしているのは、本人にとっても経済にとっても良くないことです。会社は元来有限責任です。個人や個人事業主も実質的には有限責任と考えて良いでしょう。一旦リセットして、再スタートするという選択を示すのもコンサルタントの大切な仕事です。
任意売却にして
督促状が来た時は、もうどうして良いのか分からない状況でした。銀行が言う様に競売にかけられても、住むところも無くなって、借金が残ります。また、兄弟や近所の人の目も合って、差し押さえと知られるのは嫌だなぁと思っていました。福田さんにお任せして、任意売却というのにしたら、引っ越し代金まで頂けたのでびっくりしています。
サービサーから債権の買い取り
何が何だか分からないというのが、本当の気持ちです。何千万円もあった借金が、何で100万円で済んだのか不思議です。誰かが代わりに払ってくれたのでしょうか?仕組みを聞いても分かりませんでした。今の私にとって、100万円も大金ですが、毎月コツコツ返していこうと思っています。とにかく、借金の心配が無くなって、本当に楽になりました。
今は、親戚の仕事を手伝っています。朝早くから働いて、昼には終わるので体調もいいです。家内もパートに出て、元気にやっています。
不動産業者さんに対して
不動産業者さんに福田さんを紹介してもらって、本当に助かりました。引っ越し先も家賃6万円で探してくれました。店舗の備品の売却も手伝ってくれました。ガステーブルを東北のプロパンガスエリアの人に買い取ってもらいました。これが15万円程になりました。何から何までお世話になり、頭が下がる思いです。本当に感謝しています。